『明日…出撃命令が出ました』
敢えて彼女の目を避け僕は呟いた。















「……泣かないで下さい」
啜り泣きながら肩を震わせるの姿を見て、竹巳の心には何ともいえない切ない思いが募る。
僕は今から戦場へ行く。もう君に会うことはできないだろう。
だから出来ない約束はしたくないのだと……だから自分のほかに誰かいい人を見つけた方がいいのだと……
そう…言うことが出来たのならばどれだけ心は軽くなるのだろうか。







「泣かないで…下さい」
彼女の肩は震えていた。
彼女を抱きしめようとする自分の手までもが震えていることにようやく僕は気づいた。
頬には生暖かい涙が流れ落ちる。
「笠井君…私は待っていたら…いけませんか?」
潤んだ瞳を持ち上げては竹巳の顔を見上げた。
その表情に迷いはなく、何かの決意が秘められているように感じる。
「待っ……」






─待っていてほしい






本心はそうだ。けど言えない。言える筈がない。
好きなのに。好き同士なのにどうして僕等は結ばれないのだろう。
こうやって抱きしめることも出来ずにただ立ち尽くすことしか出来なくて。













『笠井竹巳、明日出撃命令』








突然の知らせだった。
当たり前のことながら突然の知らせだった。







空中を舞いながら死んでいく自分はもしかしたら幸せなのかもしれない。
けれど、きっと僕は後悔をしながら死んでいくに違いない。
目の前にいる彼女を抱きしめることも出来ずに泣いている僕は、きっと愚かで弱い人間。














さん…」



「……はい」











彼女の涙を手の甲で拭ってあげながら僕は持てる力を絞り出すように言葉を発した。









「僕は……さんのことが…」










もしも願いが叶うならば
神様、叶えてください。もう二度とこんな時代に生まれたくはなかったと。
日本の為、天皇の為だなんていいながら死んでいく僕を許してください。
もう空には僕の親友たちが何人も命を落としています。誠二も…三上先輩も渋沢先輩も、
…もう死んでしまったのだから…。
だから僕も死ななくちゃならない。
後戻りはできない。
なぜなら…それが彼等に対する最大の誠意だと感じているから。










「ずっと…さんが好きだった…」
「笠井君…」
「君が好きだから。君と過ごした時間がとても…とても大切だったから。
そして…君と出会えたこの地を失いたくはないから…だから僕は行くよ。戦場に」
「…っ」
「だから僕が帰ってくることは…」
「いやっ!いやです!!私…ずっと待ってるから!!待ってるから!だから…」











─死なないで











竹巳は目を伏せた。





どんなに願っても。死ぬほど願っても。これだけは叶わない現実。
ごめん。さん。それだけは出来ない約束なんだ。本当にゴメン。本当に─












「ごめん」









「……」








顔を歪ませて、涙を流して。
「やだぁ…いやぁぁぁぁっっっ」
その場にしゃがみこむ彼女にフォローの言葉をかけることなんてできない。
何を言ったって慰めにもならないのだから。









「…さん。次に会うときは…こんな時代じゃなかったらいいな」
「ひっく…ひっく…笠井…くん?」
「もしも二人とも生まれ変わって…そこがスゴク平和でさ、"戦争"なんていうものとは無縁の国だったとしたら…
きっと僕らはまた出会えるはずだよ」
「笠…井…くん」
「そうしたら…また僕のことを好きになってくれよ。僕も君を探し出して愛するから」
「…っ」
彼女の目からはまた大粒の涙が絶えることなく流れ始めた。









もっと…君に触れたかった。
もっと…君と会話したかった。
もっと…君の側にいたかった。










─もっと時間があるのならば  時間が許す限り君を愛したかった─
















笠井竹巳が日本のために立派に尽くしたのだと、
そんな話をが聞いたのは、それから数ヵ月後のことだった─













































六十年後.....





「いってきまーす!」
「あっちょっとお弁当忘れてるわよ!
「あっうそ!」










「ふぅ…全くお転婆なお姫様だこと」
「本当だな。でも日に日に似てくるね。君の亡くなったお祖母さんに」
「…本当。おばあちゃんの若い頃にそっくりなのよねぇ…。もしかしたらおばあちゃんの生まれ変わりかもしれないわね」
「そうかもしれないな。確か君がを妊娠する直前だったよな?亡くなったのは…」
「そうよ。だから名前もおばあちゃんの『』を貰ったんだもの」


















「ちょっとやだ…遅刻しちゃうんじゃないのコレ!?」
二つに結んだ髪の毛を揺らしながら彼女は交差点の角に差し掛かった。









ドンッ!!







「あっゴメン!大丈夫?君」
とぶつかった相手は隣の学校である武蔵森のブレザーを着た学生だった。
「すっすいません…」
ぶつかった鼻を押さえながら上を見上げる。そこには……








あれ?この人……?



太陽の逆行であまりよく見えないけれど…
この輪郭、この少年染みた声…何だか懐かしい。











「おーい!竹巳!遅刻するぜ」
角から数メートル離れた場所で、短髪の男の子が大きな声をあげた。
「あぁわかってる!…ってことで本当にゴメンね」
竹巳と呼ばれた男は振り返りざまにの顔を直視し、小さく「…え?」と声を漏らした。
そして、彼もまた言葉を詰まらせの顔をジッと眺める。







「俺たち…会ったこと……ない…よね?」
「うっうん」
「名前、は?名前はなんて言うの?俺は笠井竹巳」
「私は…















さん、もしも生まれ変わって、そこがすごく平和な場所でさ、"戦争"なんてものとは無縁の国だったら…







―きっとまた出会えるはずだよ…