Spica ~白く、儚く、まっすぐと~













たどり着いたテーブルは14番。
メンバーは、俺と一馬と結人と(テーブルにプレートが置いてあった)。
6年前によく一緒に過ごしたメンバーだ。
か。も多少は大人っぽくなったんだろうか。
そんなことを考えながら用意された席へと落ち着く。




「あぁーよかったー!間に合ったー!」
息を弾ませながら、目の前の椅子へ勢いよく座る女性。
ガタンと大きな音が響く。
「あ、英士に一馬に結人!久しぶり!」
一段落着いたように俺たちを見て二コリと笑った。
「久しぶり。相変わらずだね」
俺は半ば呆れたように言う。
「そんなことないわよー」
はそういいながらショールを直し始めた。
その仕草はなんとなく女性らしくて、大人っぽくなった…その言葉がピッタリだった。
「てか、英士と一馬は変わんないねー。結人は髪型がおかしくなったけど」
彼女はもう一度俺たちを見渡しながら可笑しそうに言う。
「そう?」
「え?お、俺変わってないかな…」
「つーか失礼だし!(汗)」
三人のそれぞれの反応を見て、彼女はまた微笑んだ。
「やだな。3人とも本当に変わってないじゃん。タイムスリップしたみたい」
クスクスと手を当てて笑う。
その仕草もまたあの頃とは違って大人に見えた。
そういえばが最近藤代と付き合い始めたって話、誰かが言ってたな…
「ねぇ
「なにー?」
「藤代と付き合ってるって本当?」
…!!!
、分かりやすい反応、全然変わってないね…
図星ってバレバレだよ(そんなに驚くこと?)
「いや、つ、付き合ってたけど、もう別れたから」
顔を蒼白させて彼女は言う。そんなに否定される藤代の心中察するよ…
「そうなんだ」
「まぁね」
「まぁ、藤代はあのときからのこと気に入ってたしね」
「へ、そうなんだ?」
「そうだよ。お前が椎名に片思いしてたときから」
「いや、今も片思い中…だったりして」
は少し照れた顔をしながらペロッと舌を出して笑った。
その隣でも何故かニヤニヤしている。
「でも、翼さん、本当に酷いのよ!なんていうか、なんなんだろう…!」
意味不明だよ、
、説明してくれる?」
「ああ、つまりね、藤代からの求愛が激しくって、結局は付き合い始めたんだけどさ、ところがどっこい、藤代と付き合い始めた途端に翼さんからちょくちょく電話がかかってきたりメールが着たりするようになったんだって」
「へー、椎名も子供だね」
「でしょー。で、別れたら、前と同様連絡が少なくなったと」
笑いを押し殺すようには説明する。
「なるほどね」
だからはこんなに取り乱してるわけだ。
今日のこの日、皆が皆、それぞれの思いを持ってきてるんだな。
は城光を見て喜んでるし、藤代は藤代で、こっちをすごい意識してるし。




式場がザワザワしてる中、司会の人のアナウンスが響き渡った。
「そろそろ式が始まりますので…」


ああ、そろそろ始まるのか。
あの扉の向こうから、彼女と彼女の旦那になる人が出てくるのか。
…なんだか実感が沸かないな。


「緊張する?」
はコソッと俺のほうを見てきた。
「なんで?」
「私だったら、よっさんの結婚式に呼ばれて、よっさんの妻があの扉から二人そろって出てくるなんて想像つかないわ。てか、したくない」
「あっそ」
「あっそじゃなくて…」
「シッ。始まるよ」
俺が人差し指を口に当てたところでで、アナウンスが声をあげた。



「新郎、新婦入場」



その言葉と同時に結婚式らしい音楽がうるさいぐらいになり響き、照明がいっせいに消えた。
スポットライトは一つの扉を指し、皆はまだかまだかと新郎新婦を待つ。


―――キィッ
ドアがゆっくりと開き、さらに皆の視線が集中する。


「うわぁ…キレーーー」
は感嘆の声を漏らす。
スポットライトの先には、真っ白な純白のドレスを身にまとった




あの頃より、少し痩せた?
あの頃より、髪が伸びた?
あの頃より…綺麗になった。




結人の部屋に飾ってあった写真立てを思い出した。
あの頃の純粋無垢な彼女はここにはもういない。
ここにいるのは一人の立派な女性だった。


俺の思惑とは裏腹に、二人はゆっくり、ゆっくり歩き始める。
彼女の横にいた男は、俺とはまったく正反対で、とても優しそうな顔をしていた。



テーブルの前を静かに、口元に笑みを浮かべが通り過ぎていく。
徐々にこのテーブルとの距離を狭めていく。
なんだか胸がとても痛く、焦燥している。


「あ!が通るよ!写真撮らないと!」
「うんうん!」
は、デジカメを取り出してパシャパシャと撮影を始めだした。
と男は方向をかえ、こちらのほうに近づき始める。
近づけば近づくほど、が綺麗になったのが分かる。


ーー!こっち向いてーー」
の呼びかけに、彼女はゆっくりと視線を持ち上げた。
あ、やばい。
視線がぶつか…


まるで金縛りにあったかのように体が動かない。
が、彼女は俺とは正反対に口の端を持ち上げ、やわらかく俺に微笑みかけた。
それは今まで俺が見たの中でも一番綺麗な彼女。



まるで魔法をかけられたかのように、頭がクラクラする。
重い熱に冒されたように。



俺は何も言わずに立ち上がると、静かにその場を離れた。










『ジャーーー』
トイレの水を出しっぱなしにしながら一度顔を洗う。
なんだか頭がボーッとしてる。
なんだろう、この気持ち。
この場から逃げ出したい。
試合のときもそんなこと思ったことがなかったのに、どうして今更こんな気持ちになるんだろう。


『…キュッ』
水道の栓を閉め、目の前の鏡に映る自分を見る。


彼女と俺は別れてた。
もう5年も前のことだ。


俺は5年間…





『ギィ』
トイレから出ると、目の前にはが立っていた。


「ほら」
彼女は無地のタオルを俺に投げてきた。
「え?」
「顔ぬれてるよ。拭かないと」
「…あぁ」
顔をぬらしたこと、すっかり忘れてた。


「…」
「…」


「ショックだった?」
「…え?」
とその旦那を見て」
「…あぁ、そのこと」
「全然違うでしょ。英士とまったくの正反対タイプ」
「そうだね」
「まぁ、ほんと、お門違いよね。そんな変な感情もたれても」
「…え?」
は怒ったような顔をしたまま、言葉を続けた。
はずっとずーっと英士のことが好きだったんだよ。別れてからもずっと」
「…」
「でも、元はといえば英士が原因でしょ。メールもよこさない、電話もくれない。そんなの不安になって当然だよ」
「…そういうのは前からお互い知ってたし、今更…」
「今更じゃないわよ!あんたはサッカーを相手にいつも同じ環境だったじゃない!」
「同じ環境?そんなはずがあるわけないだろ!俺だって色々苦労したしそれに…」
「それに?だってたくさん大変だったんだよ。高校にあがって私たちと進学先違うからそこでも色々悩んで、高校卒業して就職したときも、いつも泣きながら電話かかってきてた。そんなのを理解しないで、“相変わらず?”“かわらない?”そんなこと言わないでよ!」
「…!」
「何?が変わっててびっくりした?ナルシストの英士のことだから、はずっと自分のことを好きだと思ってたんでしょ」
「そ…っ!!」



そんなことはないと言い切れない。
結人も一馬も、も、みんな変わってなかった。
姿かたちはどうあれ、は城光を、一馬はを、は椎名を。
あの頃と同じだったから、信じ込もうとしていた。
はまだ俺のことを好きなんだって。


だからこそ、結婚式の招待状が届いたとき俺は素直に祝福できなかったんだ。


これは何か、悪い夢なのだと。
が俺に嫉妬させるためについたウソなのだと。
馬鹿な俺は直前までそんなことを考えていた。




「…どっちにしろ、絶対に式から帰らないでね」
「なんで?」
「あの子が苦労して幸せになったこと、アンタは絶対に目に焼き付けて帰るべきだから」
はサドだね」
「真顔で変なこと言わないでくれる?」
「だから城光に合わないし、フラれたんだよ」
「…!」
一瞬、の顔が歪み、俺の目をじっと見る。


「…」
「…」


沈黙の後、お互いの口から少しの笑いがこぼれた。
「英士、戻ろ。今からの友人代表スピーチが始まるよ」
「…あぁ」
は何もなかったように微笑むと、軽く俺の腕を引っ張った。




あの時別れを告げたのは俺だった。
けど、実際フラれたのは俺の方だったんだな。




「でも今日一日を見続けたら、俺、未練が残るかも」
「そしたら今日は飲み明かそ。私もも付き合うし」
ニコッとはいつもの笑顔を見せた。
「それに、俺、まだに祝福の言葉をあげてないしね」
「うん。言ったらきっと喜ぶよ」
「…あぁ」




さぁ、まだパーティは始まったばかり。
哀しくても、切なくても、彼女を思い、俺はここから見守っていこう。
愛してるから、祈るよ。
君の幸せを。