それは、一通の結婚式の招待状から─
Spica ~白く、儚く、まっすぐと~
予定時刻ピッタリに電車は到着。
迎えに来るといってたはずの結人の姿はまだ見えない。
「が結婚か」
俺は肩にかけていた荷物をおろしてつぶやいた。
空を見上げ、つぶやいた言葉は誰に拾われることなく宙に消えていった。
「英士!もう着いてたんだな!メールしてくれればよかったのに!」
聞き覚えのある友人の声。
視線を向けると結人が笑顔でこちらにむかっていた。
「いや、俺も今着いたところだから」
そう言い置いたばかりの荷物を持ち上げる。
「どうだよ。久々の故郷は」
「久々っていってもたかが半年ぶりだし、そんな大げさじゃなものじゃないよ」
俺がそういうと、結人は「つれねーなー」とまた笑った。
「結人は変わらないね」
「え?マジで?俺、すっげー大人になったと自分で思ったんだけど」
「そんなことないよ」
「んな、即答しなくても…(苦笑」
確かに、あれから俺たちは身長も伸びて…結人に関しては髪の毛を短くして男らしくなった気がする。
それでもまとっている空気は全然かわらなくて落ち着く。
「やっぱりまだ寒いなー」
「でも日差しはあったかいよ」
「まぁなー」
季節は春を感じるようになった3月。
今も色褪せない思い出が心の中をくすぶる。
「で、どうだよ」
結人は試すように悪戯っぽく問いかける。
「何が?」
「だーかーら、自分の元カノが結婚する感想はどうだってことだよ」
「…あぁ、別にいいんじゃない?」
「ちぇ。英士って恋愛に淡白だったもんなー。お前が初めて付き合った女の結婚式だっていうのに!未練ないのかよ」
「もう6年も前のことだよ。そんなの気にするほうがおかしいでしょ」
俺の言葉に、結人は一瞬きょとんとして、 「はは」 と掠れた様に笑う。
「何がおかしいわけ?」
「いや、なんか分かりやすいよな」
結人はそういうと、声を押し殺すように笑い始める。
俺、別に変なこと言ったつもりないんだけど。
「英士、いつもそうだよな。とのことは絶対に冷静なフリをする」
「…」
俺はそれ以上何も言わずに歩き始めた。
結人は「やべ、英士怒った?」とあせった顔をして歩み寄ってくる。
…冷静なフリ…ね。
自分にとって6年前といわれると、随分昔のことのように感じるけれど。
逆に、中2のときといわれると、つい昨日のことのように感じる自分がいた。
とは、高1の夏に別れたけれど、それもつい最近のことのようだ。
「…6年、なんだよな」
もう一度呟くと、結人は「何?」と聞き返してきた。
「でもさー、結婚式は結構出席したけど、俺らとタメの結婚式に出席するのってなんか緊張するよなー」
結人は満面の笑みで話を振ってきた。
「そう?」
「そうだって!だって新婦側の出席者も俺らと同い年ってことじゃん!出会いのチャンス到来だぜ☆(キラーン)マジ気合いれてこーっと!」
「結人って本当かわんないね」
「いいんだよ。俺は少年の心を持った大人を目指すんだからよ!」
にっこりと、あの頃のような笑顔を見せる。
「さっきといってること違うし」
「そうだっけ?て、ま、うち入れよ!式は6時からだし、まだまだ時間あるしな」
の結婚式場から結人の家が近いということで俺と一馬は結人の家に泊まることにした。
結人の部屋はあの頃と全く変わっていないようだ。相変わらず単行本が乱雑に投げてある。
「一馬は?」
「あと少しで来るってさ」
「ふーん」
こっちに帰ってくるたびに二人には会うけれど、一馬も相変わらずなんだろうな。
あの時にプレイしたみんなも、面影を残したままあまり成長してないような気がする。
そういえば、変わらないといえば…
「一馬って、まだのこと好きなわけ?」
「そうなんだよー。あいつもなげーよな!(笑)」
「5年ぐらいだっけ。不毛な片思い」
「ばっか。6年だよ!お前がを紹介してからだからさ!」
「…同じ6年か」
「…やっぱ気にしてるだろ。のこと」
「……」
言葉が出てこなかった。
なんと表現していいのかわからない。
胸がチリチリ焦がれるような、懐かしいような哀愁。
不思議な気持ちに駆られる。
「ま、あれだよ。あれ」
「ん?」
「もしを見てときめいたらさ、映画みたいにを奪えばいいんだって☆」
「……」
あきれすぎて言葉も出ない。
結人の発想の根源を引っこ抜いてやりたいよ。ほんと。
けど、それ已然の問題で。
「…正直さ」
「ん?」
「想像できないんだ。の今、が」
「6年後のってこと?」
「…ああ」
「…そっか。てか、それって…」
結人は言いかけた途中で「ぁ」と小さく声を漏らした。
「それって?」
「いや、なんでもない!」
俺の問いに、結人はしまった!という顔をしてみせたかと思うと、
「俺、なんか飲み物とってくる!」
と苦し紛れに、ぴょんとその場を立ち上がり階段を下りていった。
一人になった部屋。
あちらこちらにおいてある写真立て。
その中で笑う俺、結人、一馬の三人。
そしてその隣の写真立てには、当時仲良くしていた、、そしてが写っていた。
俺のイメージの、そのままの彼女が笑っている。
俺の彼女…だった彼女が俺の一番好きな顔で微笑みかけていた。
「なんなんだろうな…」
恋とは程遠い、なんだか胸にぽっかり穴が開いてしまったようなこの気持ち。
俺とは自然消滅だったのに、なんでだろう。
懐かしい思い出ばかりが頭によぎっていく。
それから程なくして一馬も到着した。
といっても時間はもう4時半。準備をしてもいい時間帯だ。
「そろそろ着替えようぜ!」
結人の言葉に促され、俺達はそれぞれ準備を始めた。
「あれ、もしかして礼装がちゃんと似合うの一馬なんじゃねーの!?」
結人はキラケラ笑いながら一馬を指差した。
「それ、褒めてんのかけなしてんのかわかんねーよ!!」
顔を真っ赤にしながら一馬が言う。
二人とも本当にかわってない。 そう思うと自然と顔がほころぶ。
「どうしたんだよ英士。笑ってるけど」
一馬が心配そうに顔を覗き込む。
「いや、やっぱ3人っていいなって思ってさ」
英士の思わぬ言葉に、二人は少し顔を赤くさせた。
結人と一馬といると、時間が止まったように、居心地のいい空間ができる。
ぬるま湯にずっとつかっているような気持ちになる。
「…二人が変わってなくてよかったよ」
「英士どうしたんだよ!らしくねーぞ!」
「そ、そーだよ英士!」
二人は嬉しそうだけど、どこか困ったような表情をみせた。
「じゃ、そろそろ出発しようぜ!」
結人はそういうと、電気の横にぶら下げておいた車の鍵を取った。
結婚式場に入ると、知った顔が早速ちらついていた。
「久しぶりだな。郭、真田、若菜」
ポンッと俺の肩を叩いたのは水野だった。
その隣には風祭がいる。
「久しぶり。足の調子はどう?」
風祭を見ると、彼は少し苦笑いしながら、
「まぁ…うん。とりあえずは追いつけるように頑張ってるよ」
と、頬をかいた。
しかし、見渡せば見渡すほどいろんな奴がいる。
というより、6年前の選抜合宿で一緒だった奴とかがいるんだけど…。
「これ、が呼んだわけ?全員」
俺の問いに、結人は何のためらいもなく言葉を返した。
「ああ、あの時ととは3人でよく試合に見に来てたからだろ!英士は高校に入ってから違う県で指導受けてたから知らないだろうけど、あいつら、割と最近まで選抜のやつと遊んでたんだぜ。知ってる顔ばっかでびびるよなー」
どんだけ友達範囲広いんだよー、と結人が笑っていった。
確かに驚いた。
不破、笠井、三上、高山、藤村、吉田etc…サッカー関係の奴らがたくさんいる。
あたりを見渡していたら、目の前に影ができた。
「やっぱり来とったんやな」
「ああ、城光か」
それは昨日練習で顔をあわせたばかりのチームメイト。
「久々に高山とか功刀に会えて嬉しいんじゃないの?」
「そうやなー、あいつらと会って6年たつけど、あいつらほんまかわってなかね」
少しあきれたように城光は笑った。
「そう」
「じゃあ、他にも挨拶してくるけん。じゃあな」
「ああ」
城光は右手を上げると、足早に二人の下へと向かった。
ざわめく会場の外。
小さく同窓会となりつつある空間が少しくすぐったくも感じた。
と、その瞬間。
『ドゴッ!!』
何とも痛々しい、イノシシが背中に向かって突進してきたような音が響いた。
「英士!!!」
後ろからのタックルに少しだけ身体が強張る。
「……、一体何のつもり?」
振り返らなくても分かる。
こんなことをするのはただ一人しかいないから。
この様子からも相変わらずのようだ。
「何のつもりじゃないわよー!私の愛しのよっさんと何話してたわけ!??」
「別に、挨拶だよ」
「挨拶って、だから何よ!」
「…かわんないね」
「うわ!女にその言葉はきついわよ!せっかくこんなにドレスアップして気合入れてきたっていうのに…!」
確かには化粧もバッチリしてるし服装も女性らしさが出ている。
ただ、性格がかわってないから…なんともいえないけど。
「で、よっさんと何話したの??も、もしかして私のこと??」
「全然当たってないよ。残念だけど」
「チッ、やっぱりな」
「やっぱりなって……て、まだ、城光のこと好きなわけ?」
「…へ?」
は身体を硬直させ俺をじっと見つめた。
、その沈黙が6年間を物語っているよ。
「…そりゃあ、好きよー。ずっと私の理想の人だもーん!」
「でもはちょこちょこ恋人作ってるけどな」
面白いものでも見つけたように結人が会話へと割り込んでくる。
「…結人…?ちょーっとあんた黙ってなさいよ(怒)」
「そうなの?」
「え…、そりゃあ、まぁー…ね」
「城光が好きなのに?」
「…そりゃ、好きよ。よっさんと付き合えたら何も望まないし、他の人と付き合うなんてこともしない。でも…」
「でも?」
「もう何回もフラれてるし、望みがないことは分かってる。だからもう付き合いたいとかは思ってないよ、うん。そういう意味ではもうふんぎり付いてるから」
は少し複雑そうに苦笑いした。
「じゃあ、はどうして一馬と付き合わないの?」
「え?」
「一馬の気持ち知ってるわけでしょ?」
「…う、うん…」
俺の言葉に、はうつむいて顔を赤くさせた。
「…きっと甘えてるんだと思う。一馬ならずっと待っててくれるような気がして」
「ま、一馬ならそうだろうね(ヘタレだし)」
「でもさ、このままじゃいけないから、ちゃんと答えは出します!」
は自分に言い聞かせるように、うんうんと頷きながら宣言した。
「それは前向きな方向?」
「まぁねー」
照れくさいのか目を逸らしながら彼女はいった。
中学生の頃は、ずっと城光のことばかりで他に目もいってなかったくせに。
俺がと一緒に出かけるときも、しつこいぐらいに「よっさんと私とのダブルデートにしよう!だからよっさんを誘って!!」とか言ってたっけ。
つい昨日のことにように感じる。
「英士は、あれからと会ったんだっけ?」
「え?」
急に現実に引き戻された気がした。
「…会ってないよ。もう5年間になるかな…」
「そっか。でもよかったねー」
「何が?」
「全然かわってないよ。ほんと、あのときのまま」
「…そうなんだ」
胸が少しホッとしたようなちくちくしたような不思議な気持ちが広がっていった。
「あ、そろそろ会場入っていいみたいよ…つーかまだ着てないんだけど大丈夫なのかな…」
未だ現れぬ友人に、の顔が蒼白していた。
「一緒に来なかったの?」
「うん。お互い直前まで用事ができちゃって」
「そっか」
彼女はそういうと、少し小走りでその場を離れた。
離れたら離れたで、次に顔を出したのは一馬だった。
「…英士、と何話してたんだよ?」
おそるおそる、という言葉がピッタリだよ。一馬。
「別に、世間話だよ」
「…世間話…。俺には話してくんねーのに…はぁー…。俺って脈ねーのかなぁ」
一馬は自分が言った言葉に反応してまたどんよりとしていた。
「そんなことないんじゃないの?」
「え!?な、なんで?」
「なんとなくだよ」
一馬の反応はあの頃と同じで、まるで時間が戻ってきたようだ。
「一馬、英士!俺たちもそろそろ中に入ろうぜ!」
「「ああ(うん)」」
俺たちは最初に渡されたテーブル番号を頼りに歩き始めた。