「あっつー…」
気づけば季節は7月になろうとしていた。
COMPLEX LOVER
「東京の夏ってなんでこんなに暑いの…?」
死にそうな声を上げる。
期末テストも終わり、あとは夏休みを残すだけ。
ということは、当たり前のことですが…
「…みんなサッカー漬けですか?」
遠まわしに、黒川に会えないんだよなぁ…という思いを込めて、みんなに質問をする。
屋上のドア付近は影がおおくて風も涼しい。
ていっても、やっぱり蝉の声も激しいし、少し湿っぽくてなんか嫌な感じ。
「そーやな。俺らにとったらこの夏で引退になるしな」
井上先輩が答えた。
そうか、引退か。
散々武勇伝を聞かされたから耳だこだけど。
翼のおかげでみんな今サッカーができるっていってたよなー。
「そっか」
夏休みになったらファンの数も減るんだろうか。
そうしたら手伝いをしても色々な意味で文句も言われないのかな。
「…あの、さ」
「ん?」
一気に視線がこっちに向く。
「夏休みの間だけ、サッカー部の手伝いをしたいなー…なんて思ったのですが」
役立たずが増えるだけと思ってるかもしれないし。
あまり期待せずに返事を待つ。
「へぇ。お前の口からそんな言葉が出るなんて思ってもみなかったよ」
翼…(けっ
「が手伝ってくれるなら正直助かるよ。煩いミーハーよりはね」
「…う、うん!」
黒川を見れるからーなんてヨコシマな心なんて持ってないよ、ワタシ!
「まぁ、でも僕とマサキと五助と六助は都選抜のチームの召集にかけられてるから、夏休み入ったら3日ぐらいいないけど」
「…へ?」
一瞬名前を呼ばれてない井上先輩を見つめる。
「、二人やな。どっか遊びにいくで♪」
「…そうっすね…」
なんか、私、フライングやっちゃったってやつですか?汗
「」
黒川に呼ばれて心臓がビクンとはねる。
「ん?」
平静を装いながら答えて。
「よかったな。リフティング、楽しみにしてるぜ」
「…え?……まさかその3日間で…練習しろと?」
「まーな」
「サッカー部休みにしないわけ?」
「するわけないだろ?サッカーは3日休んだらどれだけ調子戻すのに時間かかるかわかってるわけ?」
すかさず言葉を挟む翼。
「わ、わかりませんけど」
「その日他の部員は午前中まで。と直樹はきちんといつもどおりのメニューこなしてもらうからね」
「げー!ちょっと待ってよ翼!」
「まぁ、俺がリフティング教えてやるさかい、二人でがんばるっきゃないなー」
とゲラゲラ笑う井上先輩。
笑うな井上…!怒
─キーンコーンカーンコーン
とりあえずそこで五時間目の予鈴が鳴った。
まだ広げたままの弁当箱を片付けながら、あわてて立ち上がる。
「はぁ」
ため息を吐きながら歩いていると、後ろから肩を叩かれた。
「」
「なにさー」
「拗ねんなって」
「…拗ねてないけど」
「リフティング、上手くなってたらいいもんやるよ」
「…へ?」
見上げると少し微笑む黒川の姿。
だ、か、ら、その笑顔卑怯なんだよ…!!!(真っ赤になるのをこらえる自分)
「…黒川も…選抜、頑張れ」
「ん?ああ」
「私もリフティングマスターキングになってやるから!」
半ば投げやりに言い放つと、黒川は「その意気だ」と、軽く頭をなでた。
…あわわわ…!!
彼が私を追い越した後、どんどん顔が赤くなる。
ああいうこと、ナチュラルにやるから困るんだ。
そういうの、嫌いじゃないけど…!
そして数日後。
夏休みが始まり、ある意味二人っきりの日々が始まった(遠い目)
「―。疲れたわー。マッサージしてくれへんー?」
「あと2周残ってます!(怒)はよ走れ」
「うわ。きっついなー」
2周走りきった井上先輩がグラウンドに大の字になって倒れこむ。
「…井上先輩、走った後に座ったら痔になりますよ?」
「わかっとるわ…はぁ…はぁ。せやから横になったんや…はぁ…」
「それって効果あるんすかー?」
「はぁ、はぁ…」
「…はい?」
「お前、マサキのこと好きなんか?」
「…ぶほぉっ!」
「リアクションでかすぎやわー。下手したら俺よりやん」
「…広島もお笑い盛んナンデスヨ…てか、なんでいきなり…」
「マサキなー。チョイスはいいんやけどなー」
「…?」
不思議な言い回し。
なんかトゲがあるようにも感じる。
「翼がそれを認めるか否かやな」
「なんでそこに翼が出てくるかなぁ」
少しため息混じりに言葉を漏らして。
どうぞと、井上先輩にドリンクを渡した。
「ほんまに気づいてへんの?」
渡したドリンクを受け取ると彼が言う。
「…はい?」
翼の気持ち?
「わかりませんよ、全っ然…」
「ほぉか」
「どういう意味ッスカ?」
「いや、わからへんならええわ」
「…うわ。すごい不完全燃焼」
「ただのいとこなら、あんなに自分から離さんようにせんやろ?」
「…そうかなあ」
翼は大人のようで子供のよう。
それが昔からの私のイメージだった。
大人っぽい口調を時々使う割に、独占欲が強かったりする。
そういう翼を…私は前から見てきたから。
「翼のは独占欲だよ」
まるで自分のおもちゃを取られたくないかのような、そんなものと変わらない。
「賭けるか?」
井上先輩はニヤッと嬉しそうに笑った。
「いいッスよ。で、何を?」
「翼がのこと好きかどうかや」
「…Oh!そんなわかりきった賭けしますか?普通」
そう言いながらも、私たちは一つの賭けをした。
「勝ったほうは一日下僕券」
…ありがちだなぁ。
「俺が勝ったときは、覚悟しときや」
「はいはい。絶対ありえないから安心してください」
「お前なー」
「そろそろ再開しますよー」
「うーわぁ!もうやめよっ?な?」
「えー…じゃあリフティングの仕方教えてください」
「ん?リフティング?」
「上手くなったら黒川からいいものもらえるんスよ(にやり)」
「ほーか。ええのーお前ら、若いのぉ」
一瞬井上先輩の明るい髪の毛が白髪に見えたよ…
そんな感じで2日間が過ぎた。
「おお、ええ感じやん!」
「よ、っと…」
ボールが体を跳ねていく。
「あ、と」
一瞬バランスを崩したかと思ったら、やっぱりボールは後ろのほうへ転がっていってしまった。
「あー、惜しい。あと少しで15回だったのに…!」
「始めて数日でそれだけできたらええんちゃう?」
井上が「まだ不服なんか?」といわんばかりに口を尖らせる。
「へぇ。のリフティングがそんなに続くなんて驚きだね」
「…!」
この声は…
「翼…?」
後ろを振り向くと、翼、黒川、畑兄弟が大きな荷物を持って立っていた。
この三日間たくさん練習してきたのだろう。日に焼けた肌がそれを物語っている気がした。
「え?今帰り?」
私の問いに、翼があきれたように言葉を返す。
「見てわかるだろ?僕らくたくたなわけ。でもお前らが頑張ってるかと思ってわざわざ寄ってきてあげたんだよ」
…なんか井上先輩との日々がやけに穏やかに感じたよ…
「で、どうだったんや?」
「合格に決まってるだろ?まぁ、五助は…」
言葉と共に後ろに視線を向ける翼。
そこには少し苦笑いを浮かべた五助がいる。
その姿にどうやら結果が思わしくなかったことが窺がえた。
「…ま、とりあえず、片付るか!もう練習は終わりっちゅーことで」
「ですね!」
つーか翼のくれたメニュー表のまだ半分も終わってないけどね(フッ
あたりに散らばるサッカーボールを集めていると、後ろから手が伸びてきた。
「…ん?」
「手伝ってやるよ」
黒川が軽々とボールを拾っていく。
「あ、りがと」
一瞬口ごもりそう。
照れが伝わらないように必死に隠す。
「あ…。おめでと、選抜」
「あー。ああ」
「何だ。その言い方は…。嬉しくないの?」
「まぁ嬉しいけどな」
「…けどな?」
首を傾けると、黒川はポケットの中を探り始めた。
「リフティング上手くなったじゃねーか」
そういって、ポケットから出した小さな袋を、私が抱えるサッカーボールの上に乗せた。
「て、ちょっと待て!ここに乗せたら落ちるでしょうが…!」
「ククッ。落とすなよ」
そういって背を向けて、私よりも2つ多くボールを拾い部室に向かって歩き始めた。
「…」
今夕方でよかった。
顔がきっと真っ赤だ。
黒川に会えただけでこんなに胸が躍るなんて、どれだけ好きになってんだ?って話だよ。
それに。
目の前に置かれた小さな袋。
中が気になって仕方がなくて、思わず私はボールを地面に置いて、袋を開けてみることにした。
「…」
開けるとそこにはビーズであしらわれたストラップが入っていた。
ピンクとブルーの花が散りばめられた可愛いストラップ。
つーか携帯持ってねーよ、私…(汗)
まぁ、うん。
「ふふ…」
口の端を思いっきり上げて頬を染める。
大好きな人ができました。
その人から物をもらいました。
それだけの条件で、なんだか私はとても幸せな人間だ。
「、何やってんだよ!置いてくぞ」
部室の前に立った翼が大きな声を上げる。
「うん!すぐいく!」
ストラップをポケットに丁寧にしまいこんで、私はボールを持ち上げた。
幸せだ。
容姿を気にしない人を好きになって。
そしてその人からプレゼントをもらって。
たとえ私のこと、恋愛対象としてみてなくても、とても幸せなことだ。
卒業するまでまだ半年もある。
うん。
この思いを大事に育てよう。
幸せなことも意外と連続で起こるもんだ。
そう、だからそのときの私は忘れてた。
幸せがあれば不幸があるってことを。