COMPLEX LOVER
「学校行くよ、。まだ支度できてないわけ?お前って本当ノロノロして亀みたいだな」
「…別に先に行けばいいじゃん。私学校までの道のり覚えたし」
「…」
「翼?」
「早くしろって言ってんだよ。待っててやるから」
「…なにさー」
チェーッと口を尖らせながらさっきよりもスピード上げて支度する。
東京で暮らし始めて10日たった。
こんな感じで朝は翼と学校に行って、昼は翼とご飯を食べて、帰りも何故かサッカー部が終わるまで待たされる(そしてマネージャーの真似事をさせられる)
「翼さん。私は貴方の小間使いですか?」
「お前小間使いって意味知ってるわけ?」
「しらんけど雰囲気的にいってみただけ」
「思いつきで話すなよ…」
さすがの翼もあきれた顔をする。
学校について、下駄箱で翼と分かれた後、数人の女子生徒のグループが前から歩いてきた。
すれ違う、その瞬間。
「調子にのんな、ブス」
「…!?」
今…調子にのんな、ブスって言われた??
てか、は?なんだ今の??
バッと振り返ってみると、数人の女子グループがキャッキャッと笑いながら廊下を歩いていた。
「なんだ今の…」
なんか嫌な汗かいた。
そう思いながら教室に入ると、ザワザワしていた女子がピタッと動きを止めた。
「…?」
なんだ?何があったのさ?
頭の中は疑問だらけの状態で腰をかける。
そして机の中に手を入れた、その瞬間。
「…った!!」
チクッとする意味不明な痛さに手を引っ込める。
「…?」
机の中を覗くと…
「…なにこれ?」
中には、画鋲が十数個入っていた。
「どーしたんだ?」
隣の黒川が軽く首を動かす。
「それ、画鋲か?」
「…」
ボーゼンとして言葉なんて出なかった。
「自分で入れたんじゃねーよな」
「あったりまえでしょ!!」
「まー、普通そうだよな」
「…黒川、あんたが前にいってたことってこういうこと?」
「ああ?」
―翼のファンは過激な奴が多いから気をつけろよ
「…」
黒川は何も言わない。
そうか。こういうことか。
けどな。私がこういうことされる意味がわからーん!!!
「私、何か悪いことしたかな。これやった奴らに」
「翼と一緒にいることじゃねぇか?」
「んなの、仕方ないことじゃないの」
従兄弟なんだから。
お世話になってる家の息子さんですよ。
あえて避けるほうが不自然だろうが!!
それなのに。
「なんでコイツらわかんないわけ」
マジムカツクんだけど。
「、大丈夫か?」
「…ちょいトイレ行ってくる」
ガタッと立ち上がって女子トイレへ。
泣きたいとかじゃなくて、ただ一人になれるスペースがほしかった。
少し早歩きになる足。
─ガチャ
トイレのドアを開けると。
なんか女子率高くないか?(はぁ
しかもコソコソ話しながらこっちを見ている。
いい加減腹立ってきた。
「なんか言いたいことあれば言えば?」
私がそういうと、少し驚いた雰囲気で彼女達が顔を見合わせる。
「私が翼と一緒にいるからムカツクわけ?」
私がそういうと、一人の女の子がプッと噴出した。
それは、転入したときに私に質問をした高野さんだった。
「あはは!」
「…なに?」
「ううん。いやー、さんって案外おめでたい人だなーって」
オメデタイヒト?
「…は?」
「椎名先輩はあんたのこと同情してんじゃないの?」
「…意味がわからないんだけど」
「あんた、自分の顔鏡で見たことある?相当のブス顔よ?気づいてた?」
「…知ってるし。それぐらい」
「分かってて一緒にいたんだ。マジありえない。可哀想よね。女二人で歩いてて比較されるならまだしも、男と歩いてて比べられるなんて、私なら絶対耐えられない。すごい図太い根性よね。あんたって」
「そんなこと言われても…」
「椎名先輩って西園寺先生と遠い親戚なんでしょ?あの二人がいとこなら納得なのにねぇ」
そういうと、周りにいる女の子がクスクスと笑い始めた。
「本当にさんって、椎名先輩のいとこなの?あんたみたいなのが親戚って、椎名君も可哀想だなぁ。同情したくなる気持ち分かる」
高野さんは、口の端を持ち上げて、最後にこういった。
「さんが椎名先輩の隣にいたらさんの不細工さが際立つから隣にいるのやめてたほうがいいよ?さんのためにもさ。ま、早い話、あんたみたいなブスが近づくなってんだよ。もっと可愛い子なら納得いくけど、あんたみたいな女に近寄られたら、誰だっていい気しないわよ」
「…!!」
あー、スッキリしたー。
いうじゃん、タカノン!
女子達は口々に勝手なことを言い放った後、次々に出て行った。
そして最後に名前も知らない女子が振り返って口を開いた。
「ほんと、いとこだからって調子にのらないでね。見てて痛々しいし、ブスがいきがってるのを見たら、こっちもつらくなるし(笑)」
アハハハと笑って、最後の彼女も出て行く。
「……うわ…」
悲しいとか、悔しいとか、泣きたいとか。
そういうレベルじゃない。
「…」
目の前にあった鏡。
映る自分の顔のつまらなさに、胸がツキンと痛んだ。
「あはは…不細工な顔…」
なんで私、翼といとこなんだろう。
「…っ」
ポッカリ胸に穴が開いたみたい。
まるで抜け殻のようで…。
何も考えたくない。
何も考えれない。
─キーンコーンカーンコーン
チャイムが鳴った。
「…授業…」
出たくない。
サボっていいかな。
うん。サボってしまおう。
バカらしい。
うん。何もかもバカらしいよ。
─ガチャ…
重い屋上のドアを開けて、壁にもたれかかり座る。
「私…なんで東京なんかに来ちゃったんだろう」
翼に会うとろくなことがないって分かってたくせに。
なんで、来てしまったのだろう。
そんなに…ブスが際立ってたかな。
そんなに私…かわいそうな女に見えたのかなぁ…
「…そうだったら…私ピエロみたい」
体育すわりして、ひざ小僧に頭を埋める。
「サボリか?」
…聞き覚えのある声が上のほうから聞こえた。
「…うん」
顔を埋めたまま返した。
「黒川もサボリ?」
「まぁな」
「…ねぇ、黒川」
「なんだ?」
「黒川って…いとことかいる?」
「あー。普通にいるぜ。つーか、よほどのことがない限り普通いるだろ?」
「だよね…。どんな子?」
「…」
黒川は何かを察したかのように話し始めた。
「俺と正反対な奴。女だけど、俺と会うたびにいつもこういうぜ。“色黒すぎ”“ヤンキーみたい”“ありえない”“街であっても話しかけないで”ってな」
「…え?」
思わず顔を上げた。
「そいつタメなんだけど、俺と違って真面目で頭もよくてよ。それでもって肌の色もありえねーぐらい白い。あいつは俺がいとこってこと嫌がってるみたいだけどな」
「…」
「お前と翼は似てねーよ。でも似てなくて当然だろ?いとこって言ってもつながりなんてほとんどないんだぜ?顔なんて関係ねーだろ」
彼はそういうと、私の頭を優しくなでた。
「泣けよ」
「…え」
「我慢してたら後がつらいぞ」
「…っ…!」
そういわれた瞬間、なんだか涙が溢れた。
私がバカみたいに泣きじゃくってる間…
ずっと彼は私の背中をなでていてくれた。
どれぐらい時間が過ぎただろう。
一時間目の授業が終わる頃、ようやく私の涙は止まりかけていた。
「…黒川」
「なんだ?」
「泣いたこと、絶対翼にいわないで…」
「…ああ」
翼にいわないこと。
これが唯一私の守ることのできたプライドだった。