メールを始めて2週間。
いつの間にか郭から英士へと呼ぶ名前は変化していた。
COMPLEX LOVER
「昨日も郭さんとメールしたの?」
「うん。まぁ、くだらん内容だけど」
「えー!どんな内容?教えて教えて!!」
「おいしいキムチの売ってあるデパートの場所とか」
「本当にくだらない…」
2日前彼はまたファミレスに食べにきた(また一人だぜあいつ)
というか、週3回の割合で彼はやってくる。
今まで気づかなかっただけで、どうやら彼はうちのファミレスの常連さんだったらしい。
サッカー選手の癖にチープな奴だ。
何食わぬ顔でオーダーをとりにいくと、急にこういわれた。
「そろそろ英士って呼んでくれない?」
「ブッ!!」
「俺、郭って呼ばれると悪寒がするから」
「じゃあ城光さんに呼ばれたときはいつも鳥肌出っ放しなんだ。大変な体質デスネ」
「俺はって呼んでるにおかしくない?」
話そらしやがった…!
「郭さんが勝手に呼び出したんでしょー。大体、私、男を呼び捨てにしたことないし」
「じゃあ俺が第一号ってわけだ」
ニッコリと微笑む。
「笑顔が胡散臭いんだよ…(ケッ」
「なんかいった?」
「いーえ。別に」
「呼んでみてもいいよ。ほら」
「ほらじゃねーよ。はい。豚キムチ定食ですね」
腹が立って勝手に決める。
「俺の好物わかってるんだ。さすがだね」
「そんなんじゃないっての!バカ英士!」
…あ(汗)
英士のやろう。
口の端を持ち上げてニヤニヤしてやがる。
む、ムカツク!!!
それが呼ぶようになったきっかけだった。
最初に恋人同士になったと勘違いした諸君。
残念でしたね。アハハハ(壊
「…ん?メールだ」
私は震えるケータイをポケットから取り出す。
「え?もしかして郭さん?」
「おー。正解」
「本当に仲良くなったんだねー!!」
「まー、悪友になりつつあるかもね」
「…(そういう意味じゃない)」
カチカチ。
携帯をいじると、そこには…
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受信メール|○/× 11:12
郭 英士
【件名】今日あいてる?
【本文】今日練習ないんだけどあいてる?
キムチの売ってあるデパート案内して。
お礼に何かおごるよ。
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トクン。
胸が音を立てる。
「おごり…」(そこかよ!)
「英士からおごってくれるメールが届いたよ!!」
「え!?一体どんな内容!?(汗)」
「私もキムチかってかえろー」
「キムチ…?おごり?…なんのつながりが…」
ハテナマークが舞っているをよそに、私は英士に早速OKの返信をした。
英士ってなんか喋りやすいんだよね。
メールもしやすい。
中性的というかなんというか。
とにかくこんなに気兼ねなく付き合える男友達ができたってすごい嬉しいことだ。
「ってば、前に紹介された人にデートに誘われたときはすぐにメールやめたくせに」
がジッと目を見つめ、呆れたように呟く。
「だって顔見てないくせに、すぐにデートだよ?そういうのって嫌なんだよね」
誰でもいいから。俺、彼女欲しいんです!っていってるみたいじゃん。
私もその一人として見られたくなかったし。
それに、会ったとしても、それからメールが来なくなったりしたら嫌だし。
そんなの考えたらキリがないんだけど。
でも英士は違う。
何回も顔合わせてるし、私の性格も知ってる。
ずっと男は女を顔で判断してると思ってたけど。
英士は違った。だからすごく安心できるんだ。
「これも試食できますか??」
「、食べすぎ」
「とかいいながら英士もちゃっかりつまんでるくせにー」
「…まぁね」
「ここのキムチおいしいでしょ?オススメv」
「うん。本場のキムチの味がする」
「ね!てか本場の味知らないけど」
「そうだと思った」
「っておい!」
そんな会話をしながら私たちは口をキムチ臭くして某デパートを出た。
あたりは少し薄暗い。
「これからどうする?」
私が訪ねると、英士は、
「ちょっと歩いて休憩しない?」
「いいね。語らうか!」
英士の言葉にためらいなく答えた。
10分ぐらい歩いたら、大きな公園があった。
あたりのベンチに二人並んで座る。
といっても、少し間をあけてしまった。
パーソナルスペース。
学校で習ったけど、人と人とが座るとき、そこに出来たスペースがその人との境界線だそうだ。
私と英士の間には拳2個ぶんのパーソナルスペースが開いていた。
英士のこと、信用はしてる。
友達になれたこと、本当によかったって思ってる。
でもどこかで、異性だからとか、そんなことで不信感を抱いてる自分がいるんだと思う。
てか思う時点で自覚してんだろうけど(汗
そんなことを考えていると。
――ギュッ
英士が私の右手を握り締めた。
驚いて思わず手を振り払う。
「な、なに?」
「前から思ってたけど。ってさ、なんか男に境界線引いてるよね」
「…え?」
「あれってどうして?」
「どうしてっていわれても、ねぇ?(汗)」
「前に言ってたよね?男は女の顔しか見てないって。あれって?」
「あ、れは…」
「俺とこうやって会ったり喋ったりできるのは俺を男として意識してないから?」
「男として意識とか…してないことはないけど…」
口の下まで出掛かってる言葉を抑えたい。
ここで一言でも漏らしたらきっと私は一気に喋ってしまう気がする。
あのときの恥ずかしいほど切ない思い出も。
それに、まだ私はその思いを断ち切れてないからきっと泣いてしまうだろう。
抑えてた6年分の汚くて悲しい感情がグルグルと渦巻く。
「私…」
いつの間にか私は口を開いていた。
「…好きな人が、いたの」
「うん」
「私ずっと顔とかコンプレックスで。ブスだから…でも、その人は顔なんて関係ないっていってて、それで…」
「…好きになった?」
「…」
こくんと頷くと、英士は黙った。
きっと続けろって意味なんだろう。
「告白したら、勘弁してくれっていわれた」
言葉が面白いぐらいポツポツと出てくる。
なんか目頭が熱い。
あの頃の気持ちがドンドンこみ上げてきて。
「好きだなんて思ったことは一度もないって…そしたら彼の親友にいわれたの。あいつは面食いなのに、お前みたいなのを好きになるはずがないだろうって…身の程知らずっていうんだって…」
そんなこといわないでって思った。
でも言えなかった。
なんか変に納得してしまった。
私、自分が不細工だって自覚してたから。
「それ以来…だめなの。好きな人を作ろうとしても全然できなくて。あのときの経験が邪魔してて。好きになっても私なんかを好きになってくれる人なんて絶対にいないとさえ思っちゃうんだ」
いつの間にか涙がボロボロ出ていた。
「そっか…」
「男の人なんて…っ信じれない…」
「そいつ一人のせいではそうなっちゃったわけ?」
「…それだけじゃないけど、完全に恋愛ができなくなっちゃったのは、それが原因…と思う」
それからはもうだめ。
好きになりたくても、どうせ私を好きにならないだとか。
好きになりたくても、どうせコイツも可愛い子が好きなんだとか。
そういうことばかり考えていくうちに自分が汚れてしまう気がして。
「これ以上自分が醜くなりたくなくて…だから恋なんてできなくなってた」
「ってバカだね」
「…え…?」
「それっていつの話?」
「中学…2年のとき」
「本当にバカだよ。そんな6年も前のこと気にして」
「私だってバカだって思ってる…。それでもふっきれないから仕方ないじゃない!!」
いつの間にか声がどんどん大きくなってて。
「英士にはわからないよ。英士はきっとモテてたよね。顔にコンプレックスなんてもったことなかったでしょ?好きな人に振り向いてもらえないことなんてなかったんでしょ?そんな人に私の気持ちなんてわかりっこない」
「前もいったよね。そういうとこ、性格ブスだって」
「…そりゃ…性格ブスにもなるわよ…」
「…」
「英士はさ、なんで私なんかに構うの?なんでこんなに私不細工なのにメールくれるの?こんな性格ブスで顔もブスな女に同情でもしたの?」
「それも前に言ったよね?“なんか”って言葉使うなって」
英士の目が冷たく私を見つめる。
一瞬身が凍るように固まって。
私の体は動かなくなってしまった。
それでもポロポロ涙が止まらない。
「俺がに構うのは、が好きだからだよ」
「…え?」
「一目ぼれだったから」
「…そんなウソ…、つかないでよ」
「人の告白もウソだって思うほど、は性格ブスなんだね」
「だって…」
今まで私のこと、好きになってくれた人なんていない。
「どっちにしろ、今は返事はいらないから。というか、それ直さない限り、俺は返事いらないから」
「…なに、それ…」
「言ったままだよ」
そういうと、英士は立ち上がり、そのままどこかにいってしまった。
私は置いてきぼりで、そのまま立ち上がれずに、また泣いてしまった。
意味がわからない。
私を好き?ウソだ。
信じられない。
嬉しいと思う感情があるのに。
疑心が勝ってしまってる。
それってとても悲しいことだ。
きっと私。救いようがないバカだ。
でもこれで信じて嘘だったほうが辛いから。
それなら何も信じないほうが楽だよ。
家に帰って何時間たっても英士からメールはこなかった。
明日から3連休。
きっと彼からメールは来ない気がする。
私からメールするしかないのかな…
メールをしたとき“あれウソだよ”なんて言われたら私は二度と人を信じれなくなるかもしれない。
そんなことを考えたらもう携帯を見ることさえ憂鬱になった。
「帰ってたの?あんた電気つけなさいよ」
パチッと私の部屋の電気をつけてお母さんがあきれたようにいった。
「あんた明日から休みよね」
「…うん」
「バイトは?」
「休み」
「そっか、ならちょうど良かった」
「…え?」
ふっとベッドから体を起こす。
「明日翼君がスペインから東京に帰国するのよ。また戻っちゃうみたいだけど。だから親族そろって翼君のお祝いをしようってなったのよ」
「…絶対に行かない」
「は?あんたなに言ってんの?椎名のおばさんもあんたに会いたがってたわよ。5年も会ってないんでしょ?」
「…行かない」
「もうそんな子供みたいなこといって!!」
「絶対に行かないから」
「約1年もお世話になったのに駄々こねないでよ。3日間だけなんだから。わかったわね?」
「…」
椎名翼。
二度と聞きたくなかった名前。顔なんてなおさら思い出したくもない。
すべての発端はあいつから。
『、柾輝に告ったんだろ?マジ馬鹿だよね、お前って』
「…っ」
嫌なことは連続してやってくる。
私は何も考えたくなくて布団をかぶった。