COMPLEX LOVER(コンプレックス・ラバー)














翼と二人で家に戻ると、みんなが驚きの表情で迎えてくれた(苦笑)



「「二人とも付き合ってたの!?」」



って、なんでそんなタイムリーなこと言うかな。
なんて思ってたら、翼はこういった。



「冗談。には彼氏がいるのにそんなわけないだろ」と。



それは、翼の優しさ。
翼はいつでも優しかったのに。
あの時素直に感謝できなくてごめんねって何度も後悔した。










そして最終日。
長くて短い椎名家での3日間が終わった。






荷物をまとめて階段を下りると、同じく大きな鞄を持った翼が立っていた。



「おはよー」
「おはよ」
挨拶を交わし、バッグを床に置く。



「翼、何時に発つの?」
「俺は14時だよ。まぁ、挨拶とかもあるし…」
だからそろそろ家を出ないと…小さくそう呟いて、彼は笑った。



「なんか俺たち、5年間経ってようやくお互い成長できたって感じかもな」
「確かに」
苦笑いを浮かべた。
「次会うときは、もっと成長してたらいいなぁ」
私がそういうと、翼は眉をしかめて笑った。
「なら、俺も負けてらんないね」
「じゃあ賭けする?」
「お前もナオキと一緒で賭け好きだよな」
「え。ナオキと同類!?」


「「…」」

思わず二人の間に笑がこぼれた。






昔は翼の顔を見るたびに、妬んでた。
でももう大丈夫。
だって。私は私、翼は翼。
私は私らしく、生きていかないといけないんだって5年たってようやく気づけたんだ。






「翼!気をつけてね。向こうでも頑張って!」
「ああ。もな」


パンッと手をたたきあい、微笑みあった。






「じゃ、行ってくるよ」
翼が出て行くのを玄関口から、みんなで見送った。






─バタン


ドアが閉まった後、おじさんとおばさんが口を開いた。
「なんか寂しいわねぇ。翼もちゃんも茂子さんも徹さんも…みんな帰っちゃうんだもの」
「そうだなぁ。今日からまたお前と玲と3人暮らしか」
二人はシュンとしてしまった。


「…おじさん、おばさん」
ゆっくりとは声を絞り出した。


「あの、また東京に遊びにきてもいいですか?」
「え!?いいわよ。もちろんよ!」
おばさんが本当に嬉しそうに笑う。
なんだか、胸がくすぐったい。
あの時、東京には辛い思い出しか残ってなかった。
それは今も変わらない。 けど、大丈夫。


あの頃の私たちは幼くて、そう考えることしか出来なかった。


私は自分が嫌いで。
他人のことを考える余裕なんてなかった。


だから、黒川が言ったことも、翼が言ったことも。
全部真に受けて、ただ一人、苦しいんだって思ってた。


でも東京に戻ってきて、二人に会って思った。
それは黒川と翼にも言えることだったんだって。




もうあの頃じゃない。
時間は確実に進んでたんだってようやく気づけた。












「3日間お世話になりました」
家族3人で頭を下げて、椎名家を後にした。


タクシーに乗り込むと、懐かしい景色が通り過ぎていく。
外の日差しはまぶしく、今日も暑くなりそうだ。
なんだか、視界がクリアになった気がする。
世界がたちまち鮮やかに色づいて見える。



「…うん、もう大丈夫」
両親に聞かれないよう、少し声を抑えて呟いた。






新幹線に乗って数時間たって、そして家に帰ればもう夜の6時で。
明日から学校だなぁーなんて思ったら急に疲れが出てきて眠ってしまってた。






  そして私は懐かしい夢を見た。


中学のときの姿で、みんなで笑いあってる夢。
隣に翼、黒川がいて。みんな、あの頃と同じように笑ってた。




気づけば自分ひとりになってて、辺りも真っ暗になっていた。


不安で、悲しくて、泣き叫ぶ私。
すると、小さな光が差し込んだ。
前を見ると、そこには英士が立っていた。
手を差し出して、「行こう」と微笑みかける。
私は恥ずかしそうに微笑んで、その手を掴み歩き始めた。






『パチッ』



目を開けるとそこにはいつもと同じ部屋が広がっていた。






この一ヶ月、本当に色々なことがあった。
20年たって、ようやく私、自分のことを好きになれた気がする。


もう振り返らない。
意固地になって、自分を嫌うことで、前を向かなかった私。
思い出に逃げることは簡単だ。
弱いほうへ、弱いほうへ逃げていくことは簡単だ。



だからこそ。


「もう、逃げないよ」
起き上がると同時に無意識に涙が頬を伝ってた。


ほんと、涙腺弱くなった。
まるで5年分の汚れを洗い流すかのように、私はこの数日間、たくさん泣いた。


もう大丈夫。
うん、大丈夫。


心で何度も呟いた。


















「おはよー!」
「おはよ、


いつもどおり学校生活が始まった。



「…ん??」
「なに?」
「…なんか、あった?」
「は!?なんで!?」
「なんっていうか…、きれいになった。いや、お世辞じゃなくて本当に」
「…え?」
「生き生きしてるっていうか…」
「…そ、うかな?」


嬉しくて思わず顔が緩む。



「あ。そうだ!これ、お土産」
そういってに箱を一つ渡す。
「え、なんか大きいけどいいの?」
「うん。東京バナナだから早めに食べたほうがいいかも!」
って若いくせにチョイスが微妙よね…」
が苦笑いする。



「…で?」
はイタズラっぽく笑った。
「でって?」
「郭さんとはどうなったの??」
「え?あー…うん」
その先は恥ずかしくて言えなくて、何度も頷いた。
「そっかそっか…おめでとう」
「あ、ありがと」
なんだか照れる。
20年間生きてきて初めて彼氏ができた。
それを報告するって…とても、恥ずかしい。
「私も、城光さん以上にいい人見つけるぞ!」
「あ。そうだった。詳しくそれ聞かせてよ」
「…ただ単に城光さんには地元に彼女がいたって話ですよ(けっ」
「はぁ!?マジで!?」
「ホントホント!!酷いと思わない?」
「う、うん。確かにひどい…」
酷い男だな…城光与志忠…!
のこと、二股の対象って考えてたってことか?汗
そういう風には見えなかったのに…
「最初は郭さんのほうがタラシかと思ってたけど、実際は城光さんだったってことね」
ハァッとはため息をついた。


「でも、が幸せになれて、本当によかった。本当に嬉しい」
「…うん、ありがとう」


まるで自分のことのように喜んでくれるを見て、また泣きそうになった。
に幸せになってほしいとさえ思ってしまった。



“自分も幸せになったから次はにも幸せにって?”



前に自分が言った言葉を思い出す。
私、本当に酷いこと…言っちゃったなぁ。
はそんな気持ちで言ったわけじゃないのに。
本当に心が歪んでたんだな、私。
改めて実感した。
それなのに、は隣でこうやって笑ってくれてる。



ありがとう。何度も心でささやいた。










そして、授業も終わりかけてた頃。
携帯のバイブが激しく音を立てた。




『ブルル ブルル』


やば。
マナーモードにするの忘れてた!!汗


そう思いながら携帯をすぐに取り出しチェックする。
画面には「メール未読1件」の文字。



誰からだろう?



受信ボックスを開けると、そこには「郭 英士」と表示されていた。



あ。
思わず出そうになった声を抑えた。


ぎこちない手つきでメールを開く。



『件名:no title
 内容:今日バイトある?』



確か今日バイトは入ってなかった。
っていうより私、今月バイト休みすぎかも…
店長怒ってるだろうーなぁ。



は短く返答した。



『件名:Re:
 内容:ないよ。どうしたの?』



送って数十秒後、すぐに返事が帰ってくる。



『件名:Re;Re;
 内容:学校が終わったら連絡して』



どうしたんだろ?
そう思いながら『うん』とだけ返事をした。









「じゃあ、今日はここまで」
先生が終わりを告げた。



終わったと同時に携帯を取り出し、英士にメールを送る。
するとすぐに返事が帰ってきた。



『件名:おつかれ
 内容:学校の近くの喫茶店で待ってるから』



一瞬、胸がドキンとはねた。


えーと。最後に会ったのは2日前。
あれから色々あったから。
すごく、緊張する。


















─ガチャ



ドアを開けると、奥の窓側の席に英士が座っていた。



胸が締め付けられる。
会いたかった。
うん、すごく会いたかったよ。



「英士」
声をかけるとゆっくりと視線を傾けて微笑む。
「おつかれ」
「うん…で、どうしたの?今日」
に会いたくて」
「英士ってば本当唐突だよ」
「…なんか吹っ切れた顔してるよ」
「え?……うん」
どうしてかな。
もだけど英士もそう。
どうして私の感情をこうやって読み取ってくれるんだろう。
「ま、座って」
「あ。うん」
とりあえず座ってレアチーズケーキと紅茶を頼んで。



黒川に会ったこと。
翼と映画を見に行ったこと。



まるで親に今日あったことを報告する子供みたいにたくさん英士に語った。






「よかった」
一息ついたとき、英士が口を開いた。
「…え?」
が俺を選んでくれて」
英士は少し気が緩んだように笑った。
「…それはこっちの台詞だよ。英士、私を好きになってくれてありがとう」
私がそういうと、彼は怪訝そうな顔をした。
「なんですか、その顔?汗」
「…いや、ほんと、人って変わるもんだね」
「は?」
「つい最近までツンケンしてたのに。ここまで急に素直になると…ね?」
フッと優しく微笑んで、私の髪に触れる。
「ねって…なんですか」
顔が赤くなったのをこらえながら言葉を返した。
「そういえば昨日、椎名から電話がかかってきたよ」
「え…?翼から?」
「ああ」



のこと、幸せにしなかったら容赦なく俺がをもらうからな』



「ってね」
「は!?つ、翼の奴…」
「ま、椎名には悪いけど、それは絶対にないね」
「…え?」
「俺ほどを大切に想ってる人はいないってことだよ」
英士はそういうと余裕の笑みを浮かべた。
思わずまた顔が赤らむ。
「英士のこういうの、本当早く慣れなくちゃなぁー。心臓がいくつあっても足りないよ」
私がそういうと、英士は嬉しそうに笑った。












始まりは、中学2年のあの日から。
止まった時間を動かしてくれたのは、貴方。
そして、動き出した時間を一緒に過ごすのも、私は貴方がいい。






「英士」
「ん?」
「…ううん、やっぱり何でもない」
「何?」
「…えっとさ」
「…?」
「…英士、大好きだよ」



そう言った瞬間、英士は目を丸くさせて。
初めて見たその表情に思わず笑みがこぼれた。


そして数秒した後、英士も言葉をもらした。


「俺も、が好きだよ」





微笑む二人。
外から見える二人はどう映っているのだろう。



本当はずっと憧れた、映画の中に出てくる恋人同士のようになれたら、なんて。
今までの私なら、そんな願い叶うはずないって思ってたのに。






 


──郭。郭英士っていうんだよ、俺


──郭英士?変わった名前ですね






そこからすべてが動き始めた。



もう時間は止まらない。
いや、絶対に止めない。






だって、貴方がいるから───