結局夜があけても、翼は家に戻ってこなかった。
COMPLEX LOVER
「―」
時刻はAM11:00。
一人部屋でボーッとしていたら、階段から玲おねえちゃんの声が響いた。
「なに?」
階段を下りると、子機を渡された。
「え?」
「電話よ、井上君から」
「井上…先輩から?」
こっちに戻ってきてること知ってたんだ。
なんて思ったら少し複雑な気分になる。
井上先輩は直接関係してなかったのに、逃げるように東京からからいなくなっちゃったから、少し気がかりだったんだ…
「もしもし」
『お。か?』
「そうです。お久しぶりです…」
『ほんま久しぶりやなぁ!』
「で、どうしたんですか?」
『ああ。こっちに戻ってきてんやろ?俺もこっちに来とるさかい、ちょっと顔見れんかなー思おてな』
「あー…」
『場所は飛葉中近くのファミレスでええか?』
「意見聞く気ないっすよね?(汗)」
『別に断る理由もあらへんやろ?』
「そうですけどー」
『じゃ、あと一時間後にそこで待ち合わせやで』
「はーい(聞いてねー)」
─ピッ
電話を切って、小さくため息をついた。
「あまりこっちの人と会いたくなかったんだけどな」
とりあえず準備を始めた。
部活が終わった後、よくみんなで行ったファミレス。
久しぶりに来たけど少しキレイになった気がする。
改装したのかな?なんて思いながら奥に進んでいくと、見覚えのある顔が目に入った。
「井上先輩」
「おお!!」
手をあげて、手招きする。
「お久しぶりです。つーか井上先輩変わってないですねー」
「そんなことないやろ!大人の凄みを感じんか?」
「いや、微塵のかけらも…」
「お前相変わらずのツッコミセンスやなぁ…それにしてもはベッピンになったなー」
「…アリガトウゴザイマス。てか、ベッピンって…(汗)」
「あ、ウソやと思っとるやろ?あかんなー。人のいうこと信じへんやつ」
「…はいはい。何か頼んでいいですかー」
「ええで。今日は俺のおごりや」
「いや、いいですよ。自分のご飯代ぐらい…」
「こういうときは、笑って“ありがとうございます(ニッコリ)”ぐらいいったほうが女は得やで」
「…私、そういう女嫌いです」
「まー、そうやろな」
「で、なんですか?」
「何って?」
「なんで呼び出したんですか?」
「は?意味はあらへん」
「…(ガックリ)」
いや、そういう人ですよ。貴方は…
「そーいや、あの賭け結局やらへんかったな」
「賭け?」
「なんや?忘れたんか?」
「……あ!!」
“翼がのことを好きかどうか、賭けや”
「思い出しました…(汗)」
「俺は一日たりとも忘れたことはあらへんかったで(爽)」
それは逆にキモイけど。
「…井上先輩はわかってたんですね」
「は?」
「翼の気持ち…」
「なんや?告白でもされたんか」
「…」
何も言わずとも、出てしまってたらしい。
「いつや?」
「…昨日」
「翼も遅いやっちゃなー」
アハハと、軽く笑う先輩を見てると、なんだか気持ちが和らいできた。
「で、の答えはどや?」
「答えって言われても…正直なとこ、私…」
「そういう目で見たことないってか?」
無言で頷く。
「それに、翼って強いし。今まで自分と同じ目線で翼を見たことがなかったから」
どうしていいのかわからない。
でも気持ちは決まってる。
答えは「NO」だ。
だって私には、好きな人がいるから…
ただ、この気持ちは不思議なんだ。
なんて断っていいのかわからないというか。
何をいってもウソに聞こえるというか…
キレイな言葉を並べても、それは本当の私じゃない気がして。
「翼が私のこと想ってくれてるっていうのが…その気持ちがすごく大きいことにビックリして…だから上手くいえないんですけど…」
「…ほーか」
「…そーなんです」
メニューに目を落としながら呟いた。
「、賭けの内容、覚えとるやろ?」
「え?あ、はい」
「「一日下僕券!」」
二人の声が重なる。
思わず笑みがこぼれた。
「あれ、早速使わせてもらうわ」
「え?」
「一日下僕券」
「…はぁ!!!?」
一体何を言い出すんだ!!
「ちょ、ちょっと待ってくだ…」
言いかけなのに、彼は携帯を取り出した。
左手で一本指を立てて、「シーッ」と促す。
「てか、何をしでかす気ですか…」
本当、昔からだけど、井上先輩の行動には驚かされるよ…
─ガタッ
席を立つと、井上先輩はトイレのほうに向かった。
「…なんであえてここで電話しないかな…」
不安だ…(汗)
数分後、彼は何食わぬ顔で席に戻ってきた。
「待たせたなー」
「…あの、一体何を始めようってんですか?」
そう言うと、彼はにやっと笑った。
「翼とデートや」
「はぁあ!?」
「一日下僕券、やろ?」
「そうだけど…」
「はな、自分に自信なさすぎや。今が決別なときやで」
井上先輩の得意そうに微笑む顔を見たら、でかかった言葉が喉に詰まってしまった。
「…しかもなんで映画館かな…」
待ち合わせ場所に指定されたショッピングモールの中にある映画館の前。
少し緊張しながら翼を待つ。
ていうか本当に翼は来るんだろうか。
「…はぁ」
思わずため息がもれる。
「」
呼ばれて顔をあげると、翼がこちらに向かって歩いていた。
通り過ぎる人の視線が翼に集まる。
こうやってみたら、やっぱりかっこいいわ。
「から誘われるなんて、明日雪が降るかもな」
「…え」
そういう設定にしたんですか?井上先輩?(ニッコリ)
「えー、あー、うん」
曖昧な返事を返す。
「手」
「…え?」
翼が手を差し出す。
「デートなんだろ?」
ニッコリと微笑んで、私の左手を掴んだ。
「なんか見たいのとかある?」
「特には…翼映画好きだったよね。だから翼が見たいのでいいよ」
「了解。今はいい映画がたくさんある時期だからなー」
翼を横目で見ると、すごく嬉しそう。
映画のことになると、翼って本当にいい顔する。
「はアクション系大丈夫だったよな?」
「うん。大丈夫」
「じゃ、これにするか」
今話題作の映画を指差し映画館に入った。
「大人二人でお一人様1800円になります」
「あ、はい」
そういい、財布を取り出そうとすると翼は何も言わず、スッと二人分の料金を差し出した。
「え、翼、いいよ。自分で出す…」
「いいよ。それぐらい奢らせろって。は昔から気を遣いすぎなんだよ」
おでこを軽く叩かれた。
あの頃なら、絶対になかったよね。
こういうの。
不思議な感じ。
なんだか宙に浮いてるような、そんな気分だ。
「ほら、おいてくぞ」
「あ、うん」
置いてかれないようについていく。
と思ったらあっさり追いついた。
ああ、そうか。
歩幅を私に合わせてくれてるんだ。
…。
なんだか…知らない男の人みたい。
「翼は、大人になったね」
「は?」
「なんとなく思っただけだから気にしないで(苦笑)」
「何だよ、それ…」
そう言いながらも、翼の顔が満更でもなかったのは気のせいじゃないと思う。
席に着くと、すぐに翼は席を立ってしまった。
「どうしたの?」
「ちょっと待ってろよ」
「え。うん」
トイレかな。
そんなことを思いながらさっき買ったパンフレットを読んでると。
目の前に甘い匂いが広がる。
「え?」
「ほら、好きだろ?」
翼はキャラメルポップコーンとコーラを買ってきてくれていた。
「あ、りがとう」
「素直で結構」
「私はいつでも素直ですよ」
「どこがだよ?」
思わず二人の間に笑みがこぼれた。
映画は最高に面白かった。
「腹減ったな。どっか寄って食べるか?」
「そうだね」
グイッと腕を引っ張られ、不覚にもトキめく。
「なんだか、あれだね」
「あれ?」
私の言葉に疑問をつけて返す。
「懐かしいなって思った。この感じ」
「確かにそうかもな」
何の障害もなかったあのときのことを思い出した。
小学5年のとき、二人で映画を見に行ったこと。
みんな翼を見て可愛いっていって、その頃から芽生え始めた劣等感。
でも、あの頃はまだ今よりも純粋に生きてた。
だから、楽しかった。
でも、もうあの頃じゃない。
「翼」
「ん?」
「私、翼のこと好きだよ。好きだけど、それは恋じゃない。きっと憧れなの。私はずっと翼に憧れてたから」
つい何ヶ月前まで、私の人生は真っ暗だと思ってた。
きっかけを与えてくれたのは、英士との出会い。
英士が私を好きだといってくれた。
私も英士が好きだと思った。
それはすべて、あの出会いから。
私は、その小さな奇跡を信じたい。大切にしたい。
「私は英士が好きなんだ。英士を大事にしたい」
それはまるで自分との約束のようで。
「だから…翼とは一緒になれない」
ちゃんと目を見て言う。
きちんと胸を張って言ったのは初めてかもしれない。
「」
「え?」
翼は私の名前を囁くと、優しく私を抱きしめた。
「え、つ、翼??」
「これで、最後だから」
「…え」
「もっと、を大事にしたかったな…」
「翼…」
「後悔するの、俺一番嫌いなんだけどな」
「…」
背中に感じた感触。
それは紛れもなく、翼の涙だった気がした。
「傷つけてばかりでゴメンな」
「…翼…」
「郭と幸せになれよ」
――ちゃんと祝福してるから
小さな小さなその言葉が私の耳に届く頃。
私の目にも涙が溢れていた。
「」
「…?」
ふと顔を上げると、翼は私の額に軽くキスをした。
「…ち、ちょっと!!(真っ赤)」
「一日下僕券なんだろ?オマケだよ」
「え…っ!し、知ってたの?」
「まあね」
翼は強がりにも似た笑顔を見せた。
「じゃ、とっととメシ食いにいくか」
そういって背を向けて歩き始める。
「…うん。そうだね」
私はそう言って翼の後ろをついていった。
太陽の光がいつもよりもまぶしく感じる。
それはまるで、長いトンネルを越えたときのよう。
そんな気がした。