“マサキは面食いなんだよ。お前みたいな不細工な奴、好きになるわけないじゃん。
マジさ、自分の身の程知ったほうがいいよ。ま、ブスってちょっと優しくされただけで付け上がるからね”
翼の言葉は、深く、深く、私の心にトゲを刺した。
なのに──
COMPLEX LOVER
「翼、私にウソついてたの?」
は放心状態で呟いた。
別に自分が可愛くないっていうのはわかってたこと。
それに、私が告白したことも、クラスの女子からいじめを受けていたことも。
それを黒川が翼に話してたことは、しょうがないと思ってる…親友だもの。
そのときはショックだったけど、仕方がないって思ってた。
何よりも悲しかったのは、大好きだった黒川が、私には「顔より性格重視」だと嘘をついたことだった。
気を遣ってくれたんだろうか。馬鹿な私に同情してくれたんだろうか。
そして、まんまとその言葉を信じて黒川を全部信用した私を見て、笑ったんだろうか。
心はどんどん病んでいった。
それなのに。
それは、翼がついた真っ赤なウソなんてこと…
ありえない、よね?
あるはずがない。
そうじゃないと、私のこの5年間が馬鹿みたいじゃないか。
「そんなのウソに決まってるだろ。本当に気づいてなかったんだな。本当お前って真に受けすぎ」
「…!」
私は気づかないうちに翼に近づいて、手を振り上げていた。
─パンッ!!
思いっきり翼の右頬を叩く。
「なにそれ!?なんでそういうこと言ったの!?そんなに私を傷つけたかったの!?そんなに私が嫌い?嫌いなら直接言えばいいのよ!なんで黒川を使ってうそをつくわけ!?私がショック受けるのがそんなに楽しかった!?そんなの酷い!!」
5年間分の憤りが一気に吹き出てしまった。
気づけば涙がボロボロと頬を伝う。
そんなことどうでもいい。
目の前にいる翼に対して怒りが止まらない。
「翼はいつもそうだ!私にないものたくさん持ってるくせに…!なのに、なんであんなウソついたのよ!?私が黒川にフラれたときもどうせアンタのことだから笑ってたんでしょ!?」
言葉が止まらない。
頭に浮かんだ言葉をまとめる前に、勝手に口が出ていく…
「ほんっとうに翼って最低!!アンタなんて…アンタなんて…」
大嫌い…!
そう言おうとした瞬間、言葉が詰まった。
なんで、翼はそんなに悲しい顔をしてるのよ。
それはこっちの立場でしょ?
アンタが悲しそうな顔をする筋合いないのに…
思えば思うほど苦しくて、私はその場にうずくまって泣き崩れてしまった。
「もう…やだぁ…っ!」
何故か涙が止まらなかった。
だから翼は嫌い、嫌いだ。
「翼…」
黒川が重い空気の中、口を開いた。
「なん、だよ…?」
「なんでそんなウソついたんだ?」
黒川もまた、苦渋の表情を浮かべる。
「わりーけど、もう翼がのことを好きだってこと、言ってあるからな」
「…!?」
翼の鋭い視線が黒川に向かう。
「柾輝、なんでそんな勝手なことするんだよ!?」
翼は大きな声で怒鳴り上げる。
「翼、いい加減にしろって」
黒川があきれたように言った。
「もう俺たち中学の頃みたいに、感情のままにものを言うほど子供じゃないだろ?これ以上を傷つけるなよ」
「…っ」
翼は下唇をかんだ。
「」
下にへたり込む私の肩を支え、黒川が尋ねる。
「大丈夫か?」
「…」
私は何も言えずにただ頷いた。
「柾輝…」
かがむ黒川の頭上から翼の声が聞こえる。
「…?」
上を向くと、少し情けない顔をした翼がいた。
「呼び出しといて悪いけど、二人にしてくれないか」
「…ああ」
スッと立ち上がると、彼は、ポンッと翼の肩を優しく叩いた。
そして、に聞こえないほどの小さな声で、囁いた。
「いい加減素直にならねーと、取り返しのつかないことになるぜ」
黒川の階段を下りる音が、どんどん遠ざかっていく。
翼は、に近づき囁く。
「、立てるか?」
「…」
ゆっくりと翼に立たされて、静かに視線を向ける。
「俺の話、聞きたくないと思うけど…聞いてほしい」
「…え?」
「あの日、を傷つけることたくさん言って本当に悪かったと思ってる」
「…そ、んなの」
今更謝ったって許せるはずがないよ。
そんなこと言われても…
今更言われても…
「…今さら…許せって…何よ、それ…」
放心状態になっても涙は頬を伝う。
「なんで謝るんだったらあんなこと言ったのよぉ…!」
どんどん消えてしまいそうになる声。
「…本当、小さい人間で嫌になるよ」
「え…?」
「俺は、昔からずっとのことが好きだった」
「…そんなの……」
ウソだっていいたかった。
けどいえなかった。
翼の顔があまりに真剣で、そして泣きそうな顔をしてたから。
「俺はずっとお前を見てきたのにさ、は一度も俺を見ようとしてくれなかったよな…」
翼に両腕を捕まれながら、彼はまた言葉を続けた。
「あの時は柾輝で、今は郭。それならいっそ、俺とは全然違う世界の人を好きになってくれればいいのに」
それは、願いのようにも聞こえた。
「は俺のことどう思ってる?」
「…え?」
視線がぶつかる。
思わず視線をズラしてしまった。
「あれだけ酷いこといったんだ。嫌われてるってことぐらい分かってるさ。でも、考えてみてほしいんだ。従兄弟じゃない、一人の男として」
翼の真剣な姿に、いつの間にか私の涙も止まっていた。
「それで、ほんの少しでも、1%でもいい。好きだと思う感情があるなら、俺のそばにいてほしい…なんて、本当俺のエゴだけどな?」
そう言って、苦笑いを浮かべた。
「前の俺は本当に子供で、好きって感情をうまく表現できなかった…でも、今ならちゃんとを守ってやれるって思う」
「私…」
「今返事をもらったら答えはわかってるからね。明後日帰国するからさ、そのときに教えてほしいんだ」
翼はそういうと、眉をひそめて自信がなく笑った。
「今日は俺家にいないからさ、安心して寝なよ」
優しく手の甲で頬に触れ、私の腕を放した。
それは、愛の告白のようで、過去の懺悔にも聞こえた。
よく、小さな頃は好きな人をいじめてしまうって話があるけれど。
翼もそうだったのだろうか。
私に対する思いが、歪んであんな酷いことを言ってしまったんだろうか。
言葉にすればキレイな思い出になるかもしれない。
けど、私にとってはとても辛い思い出に代わりはなかった。
ただ。
あんなに自信のない翼の姿は初めてだった。
「…」
正直なところ、戸惑ってる。
ガキ大将なイメージの翼ではなく。
今そこには大人の男性が立っていたから。
私があの時黒川を好きだったように。
そして、今私が英士を好きなように。
それと同じように、彼も私のことを想ってくれてるって。
何度考えても実感が沸かないよ。
─ゴトン…!
呆然と廊下に立っていると、翼の部屋から物が落ちる音が聞こえた。
「…?」
何か落ちたんだろうか?
翼、出ていったし…
「あけてみるか」
ボソッと独り言を呟いて、ドアに手をかけた。
─ガチャ
ドアを開けると、そこには変わりばえのない翼の部屋があった。
「…模様替えも何もしてないんだ」
最後に入ったのはあれだ。
黒川と畑が家に来たときだ。
もう5年以上もたつというのに、全然変わってない。
不思議な感情に駆られたまま、部屋に進んでいった。
相変わらずキレイに片付いた部屋。
本棚にはたくさんのサッカー雑誌。
あの頃と同じまま。
懐かしいなぁ。
ふと床を見ると、数冊の雑誌が散らばっていた。
「ああ、これが落ちたんだ」
ゆっくりと雑誌に手を伸ばす。
「…ん?何これ…」
雑誌と雑誌の間に挟まれた一枚の写真。
「…これ」
それは、Tシャツにハーフパンツ姿の私の写真だった。
「…え?」
思わず手にとってみる。
「夏にサッカー部のマネージャーをしてたときのだ」
場所は見る限り飛葉中のグラウンド。
水がかかってはしゃいでる写真だった。
確か…夏って井上先輩がよくホースで水をまいてて。
それを私にもかけてくるから、よく逃げ回ってた。
写真に写っている私は、水にぬれながらも笑顔でピースしていた。
「こんな写真まだ取ってたんだ」
「…翼」
今さっき、彼の言った言葉を心の中で何度も何度も囁いた。
何年も彼のことを恨んでた。
私の中で『椎名翼』は苦手、嫌い、むかつくの3拍子だった。
“従兄弟じゃない、一人の男として”
今まで考えたことがなかった。
というよりも、考えられるはずがなかった。
でも、今の翼にウソは見当たらなくて。
翼に対しての怒りの感情がいつの間にかなくなっていくのを感じた。
あれだけ固執してたのに。
不思議。
「…今日は長い夜になりそうだなぁ」
雑誌を本棚にしまい、写真を隙間に差し込んで、呟いた。