誰かのことを考えたとき。
胸がギュウっと締め付けられたり。
急に恋しくなったりする、この感情。
よかった。忘れてない。この気持ち。
忘れなくてよかった。
COMPLEX LOVER
「」
「…ん!?な、なに?」
「貴方、顔がニヤけてるわよ?」
「あ、そ、そう?」
静かな車の中で玲お姉ちゃんのツッコミがくる。
あれから玲お姉ちゃんが車にやってきたのは、1時間ほどしてからだった。
平然を装い「翼は?」と聞いてみると。
「私のバイクで帰ったわよ」
と、言われた。
内心ホッとした。
会ってどんな顔をすればいいのかわからなかったから。
翼の言葉は強いから。
だから、さっきまでの幸せな気持ちも。
翼の一言で揺らいでしまうかもしれなくて、それが怖かった。
「貴方…本当に一人で来たの?」
「え、そうだけど。なんで?」
「…本当、よく死なないで来てくれたわ」
「…誰のせいだと思ってるのさ」
「なぁに?(ニッコリ)」
「なんでもありませーん(しらッ)」
隣に人がいるという安心感のせいか、帰りの運転は順調だった(私の中では…)
ポーカーフェイスの玲お姉ちゃんの表情が時々こわばったのは見なかったことにしておこう。
「ただいま」
「ただいまー…」
二人そろって玄関に立っても誰も迎えてくれない。
なぜだ?そう思いながらリビングへのドアを開けると…
「うっわ…!酒臭い!!」
思わず鼻をつまんでしまった。
でっかい奈良漬が部屋に侵入してしまったかのようにリビングは酒の臭いでプンプンしていた。
しかもおばちゃんたち、そしてお父さん達はすでにダウンしてしまっている。
あれだよね。あまり大人の酔っ払ってる姿って見たくないもんだよ(遠い目)
「あらあら。散らかし放題ね」
玲おねえちゃんは手際よくそこら辺に転がったビールの缶を拾い集めていた。
「じゃあ私は…」
とりあえず、荷物置いてくるか。
「ちょっと二階上がるね」
「ええ」
玲おねえちゃんに告げて、階段を上る。
部屋を目指し、廊下を歩いていると。
翼の部屋の前に人の気配を感じた。
あ、れ?
ウソ。
なんで…?
「く…ろかわ?」
「…、か…」
翼の部屋のドアに背を預けたまま立っている人物。
それは紛れもなく黒川だった。
「久し…ぶり」
頭が一瞬真っ白になる。
ようやく搾り出した言葉がこれってなんかバカだ、私。
「ああ。久しぶり…」
少し居心地が悪そうに返事をする黒川。
「えーと……翼は?」
「ちょっと寄るとこがあるからってな。先にここで待ってるように言われた」
「そ…か」
さっき観客席から見たけれど。
やっぱり大人っぽくなってる。
面影はあるけど、本当、大人の男性って感じだ。
「…」
前に進まなくちゃいけないのに。
そうしないと部屋にたどりつけないのに。
なのに。
体が金縛りにあったみたいに動かない。
「…えと…」
どうしよう、どうしよう。
頭がパニックになってしまいそう。
「…あー」
先に口を開いたのは黒川のほうだった。
「あの時は…悪かった…」
「…え?」
あの時って?
ああ。あのときのことしかない…か。
「うん…」
「に酷いこと言ったよな、俺」
「…」
ここで“うん”といっていいものか。
いや、それじゃあまりに悲しすぎる。
「そんなこと、ないよ。だって本心だし、仕方ないよ」
無理して笑った。
「…時効だから言うな」
「え?」
「俺、あの時、のこと好きだったぜ」
「…え…?」
一瞬、目の前が真っ白になった。
私にとって、この5年間は…
時効なんて言葉で済まされるほど軽いもんじゃなかった。
あれから私。
町を歩くのも嫌になったんだよ。
すれ違う人に顔を見られて評価されるのが怖いとさえ思ったこともあった。
だからキレイになりたいって高校のときに初めて思った。
自分に卑下しないほどの普通の容姿が欲しいとさえ願った。
でも、努力すればするほど、自分の空回りを恨んだ。
他人を羨んで、嫉妬して妬みを持ったほどだ。
なのに。
時効だから?
そんなの…ない。
そんな私の感情とはお構い無しに黒川は言葉を続けた。
「あの時は正直、のこと好きになれないもんだと思ってて、蓋してた」
「…え?」
“のこと好きになれないもんだと思ってて”
「それって、どういうこと?」
「…って本当に鈍感な」
「…?」
「翼はのこと好きだって知ってたからな。だから…」
「…」
一瞬、思考回路が停止した。
ちょっと待って。
今、黒川はなんていった?
「え、と。ちょっと、ちょっと待って。え?なにそれ?」
翼が私を好き?それ、なに?
悪い冗談だ。やめてほしい。
「黒川、ちょっとやめてよ。そういうの」
手で頭を押さえながらいうと、黒川は口元に笑みを浮かべた。
「そう思うなら本人に聞いてみろよ」
「いやいやいや、つーか。絶対に聞けるはずがないし」
私が蒼白していると、黒川は顔を歪ませて笑った。
「かわんねーな。のそういうとこ」
「…え?」
「否定するとき、本気になるところ」
「…」
いや。やっぱり黒川変わってないや。
笑うとき、眉間に皺がよるところも、肩を震わすところも。
全部、あの頃のまま色あせない。
「黒川も、変わってないね」
「そーか?」
そういいながら頭をかくところも、全部、全部。
あの頃好きだったものだ。
と、その瞬間。
『ブルルル ブルルル』
携帯のバイブ音が響いた。
「あ」
黒川が声を漏らす。
「ああ。黒川のほう?電話?でなよ」
「いや、メール。わりーな」
そういいながら、携帯を取り出した。
『ピッ』
器用に操作しながら視線を下に落とす。
すると一瞬、黒川の表情が優しくなった。
『ピッ』
「悪かったな」
そういいながらポケットに携帯をしまう。
「ううん。もしかして、彼女?」
「ん?ああ。まぁな」
「そっか」
彼女できたんだ。
そりゃ5年もたったんだ。できるはずだよ。
そっか…
でもなんか意外だ。それに、
この話を、客観的に聞けてる自分がいることに驚いた。
思ってたより傷ついてないんだ、私。
「大事にしてるんだね」
「え?」
「顔が緩んでたよ、黒川サン?」
わざと意地悪っぽい視線をぶつける。
「まーな。大切には…してる。のときはできなかったからな」
「…うわ。それ、普通いう?」
恥ずかしくなるような台詞。
どこかで感じたことがある思い。
ああ、そっか。
英士と黒川、全然見た目は違うけど。
どこか似てるんだ。
「黒川と英士…あ、郭英士ってどこか似てるね」
「は!?」
私がそういうと、黒川は心底いやそうな顔をした。
…仲が悪かったんだろうか…?(汗
「似てねーよ」
「本気で嫌そうだね、黒川」
「あー。なんっつーか。あいつらのグループと翼が昔から意見あわなくてな」
「…」
ああ、それは何となく納得かも…
「でも、よかった」
黒川が安心したように呟く。
「なにが?」
「ん?が幸せそうでよかったって思ったんだよ」
「え…?」
「郭と付き合ってんだろ?」
「…え…ーと、あ、う、うん」
今日からだけど(ボソ)
でも…なんだろう、昔好きだった人に言われると恥ずかしい…
「そういえば、に似てるかもな」
「え?」
私が不思議そうな顔をすると、彼は携帯を指さした。
「黒川の彼女?」
「ああ」
「え…ちょ、ちょっとヤバイよそれ…!私顔もブスだし性格もブスだし…」
「ククッ」
黒川が笑う。
「つーか、笑うとこじゃないし」
「わりーわりー。が変わってなくてウケた」
「そーですか(チッ)でも黒川は少し変わった…かも」
「え?」
「さっきみたいな恥ずかしい台詞、前なら平気で言わなかった」
「5年も経ちゃ、多少は変わるだろ」
「私は変わってないよ。むしろ退化したけど…?」
「どこがだよ。」
「…え?」
「見違えた。キレイになってて観客席にいたとき最初気づかなかったぜ」
「…っ」
やばい。
なんだか泣きそうだ。
胸がいっぱいになってしまった。
きっと私は。
ずっとそう言われたかったに違いない。
誰かに、
“はきれいになったよ”って
“お前は不細工じゃないよ”って
そういわれたかったんだ。
黒川の言葉は反則だ。
そのとき欲しい言葉を、どうして絶妙なタイミングで言ってくれるんだろう。
「…?」
「い、や。大丈夫。心配ない」
そういって涙をこらえて笑った。
「黒川さっき時効っていったじゃん」
「ああ」
「私も時効だし。聞くことにするよ」
「…?」
「黒川さ、顔よりも性格重視って、なんでウソついたの?」
「は?」
「翼に言われたんだ。フラれた後、黒川は面食いだって」
「…」
黒川は頭を一度傾げて、携帯を取り出した。
『ピッ…ピッ…』
指を器用に動かして。
「ほらよ」
そう言って私のほうに待ちうけ画面を向けた。
そこに映っていたのは一人の女の子。
…。
あれ?
いや、私も不細工だからこんなこと言えたぎりじゃない。
でも。
「黒川、あのー…正直なとこ…」
想像してたより普通の子が映っていた。
「言ったろ。俺は顔で選んだことねーって」
「そ、うだけど」
ていうか、それの例で普通自分の彼女の画像出すか?(汗)
でも疑問が一つ。
頭の中でグルグルと廻り始めた。
「でも翼に…」
あれ?
矛盾?
少しだけ感じた微妙なずれ
翼?
翼に私…ウソ、つかれてた?
「お前ら、俺の部屋の前でなにコソコソ喋ってるんだよ?」
「「!?」」
突然聞こえた声に振り返ると、そこには翼が立っていた。