そう簡単に人は変われるものじゃない。


翼も外見は男らしくなったけど中身はまるであの時のままだ。


そして……わたしも…
















COMPLEX LOVER(コンプレックス・ラバー)














「玲おねえちゃんに…駐車場で待ってるからって伝えておいて…」
翼の顔を見ずに呟いた。
心は信じられないほど落ち着いていた。
いや、むしろ冷え切ってるっていったほうがいい。
それに放心状態も加わってたと思う。




その場から逃げるように私は立ち去った。
翼は追ってこなかった。
後ろで彼は「アイツ懲りないよな」なんて思いながら笑ってるのかもしれない。
うん。そうだ。きっと…そうに決まってる。
そう思うと、胸が軋んだ。






車のドアを勢いよく開け、座席に腰をかける。
そしておもむろに靴を脱いで、その場に体育すわりになる。



動悸は激しいけど、感情が高ぶってるわけじゃなく、とても静か。
それは、今までに味わったことのない不思議な感情だった。



悲しい?
苦しい?
つらい?



…わからない。どれにも当てはまらないよ。



でもひとつだけはっきりしたことがある。
私、やっぱり翼が苦手だ。
何もかもを見透かすような目も。
全てを悟った言い方も。
全部、全部苦手だ。





「はぁ…」



やっぱり私なんか、恋愛ができるはずがないのに。
バカだ。浮かれるなんて、なんてバカだろう。
思い知らされた。
翼から嘲笑されたとき、動けなくなった。
金縛りにあったみたいに体は固まってしまった。



その瞬間、英士と最後に会ったとき感じた感情を思い出した。



“英士のこと、信用はしてる でも…”
あのときに浮かんだ言葉。
でも今、その先に続く言葉はそれとは違う…


「自分に自信のないことが、こんなに壁になるだなんて思わなかった…」
昨日までの私は、異性だからとか、男だから信用できないって思ってた。
けど、そうじゃないんだ。
自分に自信がないのが一番問題なのに。
なのに、違うことに理由をつけて逃げてた。
自分が傷つきたくなかったから。
一番傷つかない方法をとってた。



ハァッとため息をついてコツンと頭に小突いた。



と、そのとき。


『ブルル、ブルル』
バイブにしていた携帯が震えている。
「…?」
着信画面には『郭英士』と書かれた文字が表示されていた。
正直取りたくない、なぁ。




─ピッ


「…もしもし」
?』
「…うん」
『さっきのは…どういうこと?』
「それは…」



なんだか、もう言葉で伝えるのが面倒だ。
もうこれ以上傷つきたくない。
恋で傷つくのはもうこりごりだ。
もう、誰かを好きになることで傷つきたくない…



「…」
思わず口ごもってしまった。
『今どこ?』
「…」
『どこ!?』
英士の口調が急に強くなったことに驚いたは一瞬小さく悲鳴を上げた。
「駐車…場」
『そう』



─プツッ…


彼はそう一言言ったまま電話を切ってしまった。



…ここに来てでもくれるのだろうか。
いや、まさか、そんなはずはない。
私なんかのために誰が来てくれるっていうんだろう。



“お前も懲りない奴だね”



無意識に翼の言葉を反芻する。



「わかってる…だからもう…」



“不細工ってわかってたんだろ?あれだけ酷いこと言われたら普通おとなしくしてるよね?”



「…もう勘違いしないから…だから…」



どうして翼の言葉ばかり浮かんでしまうんだろう。
思い出すたびに傷口がうずく。
うずいてうずいて泣き出しそうになる。



「…っひっく…」
気づいたら涙がボロボロに溢れてた。


英士のことが好き。
彼の言葉を信じたい。
でも、でも…


黒川は性格重視っていってたのに、なのに本当は違ってた。
ウソつかれてたんだって思った。


だから…どうしても信じきれない。
彼が言ってくれた私への言葉。
好きだっていってくれたのに。
私だって好きだと思うのに。
なのに…


ウソだったらどうしようって心の中でずっと廻ってる。
5年前の出来事も、頑張って振り返らないようにしたのに。
それなのに…



翼の言葉は、私の自信と勇気を根こそぎとっていった気がした。









─コンコン



窓を軽く叩く音がする。
「…?」
涙を流しながら顔を上げると、そこには…



「英士…」


汗を拭きながら、少し息切れをしている英士が立っていた。
彼は私の顔を確認すると、急いでドアに手をかけた。



─ガチャ



「英…」
「…っ」



ドアを開けた瞬間、彼は私を抱きしめた。
大きな肩に思わず手を回す。
華奢だと思ってたけど、意外と体格がいいことに驚きながら。
彼の体温を感じた。



「…椎名と付き合ってたの?」
「え!?そ、そんなわけない!!」



思わず顔と顔が向かい合う。


「…」
「…」


英士の顔を見たら急にホッとしたせいか、涙がさっきより溢れてきた。



翼と付き合ってる?
そんなはずない…それに…
そんなこと言わないで…?
私は…私は…



「私は…」
言葉を出そうとした瞬間。
色々な記憶が頭をよぎった。





“俺はお前のこと好きだと思ったことねーよ”
“マジ勘弁してくれよ”
“マジ馬鹿だよね、お前って”
“お前みたいな不細工な奴、好きになるはずないじゃん”
“マジさ、自分の身の程を知ったほうがいいよ”
“ブスってちょっと優しくされただけで付け上がるから”





「…っ!」
下唇をかんで、一瞬うつむく。



傷つきたくない!
もうあんな思いたくさんだ!


…でも…
もう一度信じたい。
英士は私を受け入れてくれた。
私を好きだといってくれた。
その言葉を…




神様、信じさせてください───








「私は…」
でかかった言葉をもう一度心で呟いて、また続けた。




「私は英士が好き」




耳を澄まさないと聞こえないほどの小さな声で、は囁いた。