COMPLEX LOVER(コンプレックス・ラバー)














「…懐かしー…変わってないなぁ」
翼の家を前に、ふと声を漏らす。
相変わらずの大きな家に、お母さんとお父さんはなぜか興奮してるけど…(なぜだ…?






「久しぶりねー!ちゃん!」
おばちゃんが笑顔で迎えてくれた。
「あ、お久しぶりです」
あの頃と変わらない雰囲気にホッとした。
嫌な空気が流れたらどうしようってちょっと心配してたんだ。
いい別れ方してなかったから…




「すっかり大人って感じね」
「そーですかね…」
「うん。キレイになっちゃって、見違えたわ」
「…」
素直に喜べない自分がそこにはいて。
自分ってやっぱりダメ人間だな、なんて思ったりした。
「ありがとうございます…」
頭を軽く下げながら投げやりに返した。




「部屋に荷物置いてきちゃって。茂子さんと徹さんは客室を使ってね。ちゃんはあの時使ってた部屋を使ってちょうだい。部屋は掃除してあるから」
そういうと、おばちゃんは笑顔で私たちを部屋に押し入れた。






少し模様替えはしたけれど、相変わらずキレイな部屋。
そして懐かしい匂い。
なんだか、胸がギュウっと絞めつけられてしまいそうだ。



「…ここも5年ぶりだなー」
自分が使っていた部屋のドアを静かに開けた。
あの頃と同じように、机とベッドが引っ付いた部屋。
それ以外の荷物は持って帰ってしまったけど、いまだ空気は同じもの。



――ボスン



ベッドに腰をかける。
そこから見えるドアの角度。
よく覚えてる。
黒川にフラれたところだから。



「…」


やだやだ。
ダメだ。なんか変なことばかり思い出しちゃって。
ほんっと、いやになる。


『パンッ』
勢いよく自分の頬を両手で叩いた。
「何やってんだ、私」
大きめのトートバッグをベッドの上において、階段を下りた。





─カチャ



ドアを開けると私は絶句した。
「…なにやってんの?」
まさに地獄絵図?
椎名のおじさんとおばさん&私の両親は早くも宴会を始めていた。
まだ昼の2時なんですけどー?(汗)




「あ、ちゃんちょうどよかった!今玲から電話がかかってきたのよ」
「…え?玲おねえちゃんから?」
うわ。久しぶりだ。
「はい」
そういって子機を渡される。
…あれ?
なんだろう。
すげー胸騒ぎがするんですけど…?



「もしもし…?」
?久しぶりね』
「…久しぶり…」
『実はね、頼みがあるんだけど』
「やっぱりね。そうじゃないかって思ったよ」
『玄関のほうを歩いてみてくれない?』
「玄関?」
はて?と思いながら玄関に向かって歩き出す。
「ついたけど?」
『そう。なら、靴箱の横にある棚の上を見てちょうだい』
「棚ぁ?」
見てみると、車の鍵が置いてあった。
「車の鍵があったけど」
『そう。よかった』
「うん。それで用件は終わり?」
『え?なにを言ってるの?今サッカーの練習をしてるんだけど、迎えに来てくれないかしら?』
「…はあぁぁぁ!?」
『あなた免許持ってるのよね?』
「いやいやいや。も、持ってるけど…もう半年も運転してないんですけど…しかも東京を運転?無理だ。無謀だ」
『大丈夫よ。カーナビついてるし』
「ちょっと待て!カーナビついてても無理だから!」
『練習はもうちょっとかかるけど、もう出ちゃいなさい。ね?(ニッコリ)』
「…私を殺す気ですか?」
『とにかく、任せたわよ』



――プッ……プー、プー、プー




「…き、きりやがった…てか、マジですか?」
あ、そうだ。
おじちゃんかおばちゃんに迎えに行ってもらったら…
は急いでリビングを覗く。
そこにはさっきと同じく宴会をしている家族の姿が…
…Oh!飲酒運転になってしまう…!(汗)
「どうしたの?」
お母さんが尋ねる。
「玲おねえちゃんに練習場まで迎えに来るように言われたんだけど…」
「あら。ちょうどよかったじゃない!車を運転する機会ができて!(爽)」
「いやいやいや。あんたは私を殺す気ですか!?」
「Good Luck☆」
「さすが海外に住んでただけあって発音がいいわねー」
おばちゃんがお父さんの発音を賞賛する。
つーか普通の英単語だったじゃないか。



「「「「いってらっしゃーい!」」」」




まるでお荷物をポイッとされるように追い出された。
「…ほんっと、ヤバイって」
そういいながらも鍵を差し込む。
「…えっと、これを右に回したら…」



――ブゥウウウン!!



ひぎゃ!!!
死ぬ。絶対に死ぬ。
「…と、とりあえずカーナビを…」
目的地を設定して、発進。



――ブォオオオーーーン!!



ひぃいいい!!
これで人をはねるかむしろぶつかって死んだらどうしてくれよう。
あ、翼に会わないですむからいいかも。
なんて一瞬阿呆な考えが頭を過ぎった。












─そして30分後






「…はぁ、はぁ、はぁ…死ぬかと思った」
なんだかんだで到着。
その代わり何人か引きそうになったけどな…(汗


でも、やればできるじゃん、自分。
とりあえず目的地達成だ。
駐車場は広くて、駐車が苦手な私もらくらくと止めることができたし。



「…てか、なんでここに迎えに来なくちゃいけないのだ?」
車のことで頭がいっぱいだった。
どうして玲おねえちゃんはここを指定したのだろう。
そういえば、翼は家にいなかったな。
「…あれ?」
いやな予感がする。
当たらないように…、この勘が当たりませんように…




「…よし!」
とりあえず車から外に出てみた。
すると、遠くのほうから声が聞こえる。
声援というか、掛け声というか…


「…?」
頭を傾げながら、少しずつ歩き始める。
声のする先は芝の生えた広いピッチ。



「…うわぁ」
それは、サンフレッチェの光景のよう。
ここからでもわかる。
みんな、すごい実力者だってこと。



私がボーッと見ていると、年配の男の人が声をかけてきた。


「あんた、こんなところまで見にくるとはよっぽどのファンなんだねぇ。ほら、観客席から見たほうがもっといい景色だよ」
「あ、ありがとうございます」
頭を下げて、おじさんの言うように観客席に向かった。



今はちょうど選手がまばらに練習をしているところだった。


って、一体何の集まりなんだろう。
私、玲お姉ちゃんの携帯番号知らないし、どうしよう。
来いっていわれてきたものの。
会えなかったらまたあの恐怖の一人ドライブが始まるんだろうか…?(ひぃい






「…あ」



ふと、見渡した先に、懐かしい人が立っていた。
忘れることなんて出来ない人物。
5年たったけど、わかるもんなんだなって感心する。
あれは、翼。
髪の毛後ろに結んでる。
5年前だったらほんと、女の子みたいだったのに…
なんか男の人って感じだ。



そして隣にいるのは…


「…黒川…」


胸がズキンと音を立てた。
あの頃よりも背が伸びて、大人っぽくなったって、遠くでも分かるよ。
あの時よりも、もっと、もっとかっこよくなってる。


…見るんじゃなかった。
心が痛い。すごく痛い。


好きっていう感情なのか。
嫌いっていう感情なのか、わからない。


ただ、心臓が物凄い勢いでバクバクしていた。




口元に手を添えて、前を向いている、そのときだった。



?」
「…!?」
声がしたのは左方向から。
そして、それは聞き覚えのある声だった。
心臓がビクンとはねる。



振り向くとそこには…


「英士…」
昨日別れたばかりの英士がたっていた。
は目を見開いて彼を見つめる。



なんで?
ここは東京だよ?
なんで英士がここにいるわけ!?



、なにしてるの?」
「え?だ、だって…え?ちょっと待って…え、英士こそ、なんで?」
驚きすぎて言葉が上手く出てこない。



昨日あんな別れ方をしたばかりだっていうのに。
なのに。
どうしてこんなところで?







『私の勘は当たるから言わせてもらうけど、それは絶対郭さんのことが好きだよ!』



一瞬、の言葉が浮かんだ。
それとともに顔に帯びていく熱。



や、やばい。
上手く言葉が出ない。




と英士のやりとりに、いつの間にか他の選手も気づき始めていた。



「なんだあれ?郭の彼女か?」
「今郭君は広島ですよねー?」
山口と須釜がその姿を見て会話する。



「なんでがここにおると?」
「なんじゃ?ヨシの知り合いか?」
「まぁ、そんなとこや」
城光と功刀もその様子に気づいていた。






スゥッと息を吸い込んで、心を落ち着かせて英士の目を見た。


「英士は…なんでここに?」
「俺は…今日からU−21の召集だったからだよ。は?」
「私は…」




言いかけたその瞬間、




は俺の女だから手を出さないでくれる?」
聞き覚えのある口調が、二人の間にとんだ。



「…つ、翼!?」
視線が翼に移る
そして、それにつられ、英士も翼を見つめる。
「ほら、、いくぞ」
グイッと腕を引っ張られ、私はその場から連れ出された。






少し歩いた先は、選手から死角になる場所だった。


「…ちょっ、翼、なんであんなこと言うわけ!」
バッと腕を振り払い、大きな声をあげる。
「お前が変な奴に絡まれてたから助けてやったんだろ」
「…英士は変な奴じゃない」
「…英士?…へぇ」
私の言葉を聞いた翼は、何故か笑みを口元に寄せた。



「お前って、本当懲りない奴だね」
そういった翼の顔は、あの時と同じ笑みを浮かべていた。




『自分の身の程知ったほうがいいよ?』








少しでも浮かれていた自分の心が、一瞬で落ちていくのを感じた。