「僕の従姉妹が転入してくるから。柾輝、面倒見てやってな」
翼が嬉しそうに言った。
ああ、多分そいつは翼にとって気に入られてるんだろうなって思った。
最初はその程度しか思ってなかった。
COMPLEX LOVER ~case by 黒川柾輝~
「親が海外赴任したんで、現在従兄弟の家でお世話になってます。広島からきました。です。よろしくお願いします」
表情を変えずに淡々と自己紹介をした奴は、クラスの喧騒をウザそうに見つめていた。
高野が手をあげて突っ込む。
クラスがますますザワつく。
でもアイツは怯んでなかった。そして、俺の近くに来ては「卒業までよろしく」と握手を求めた。
正直、俺と初対面で、普通に接してきた女は初めてで。
俺は、少し戸惑った。
「…けっ。世界が貴様中心に廻ってると思ったらとんだ勘違いだ」
「…?(ニッコリ)」
「…さて、昼ごはんはドコで食べるのかな(えーと)」それに翼に対しても対等に喋る。
言われたら言い返す。
そんな当然のことも、翼を相手だと場合が違うだろ?「翼にああいう態度できるのだけだぜ」
唐揚げを口に入れながら、思わず言ってしまった。
「翼とは従兄弟だしねぇ」
そうだけど。
それでも翼が相手だと場合が違うだろ?
なんてこと、二度も思いながらさっきの出来事を思い出す。高野って前に翼のファンクラブ結成とか言ってたやつだよな…
「翼のファンは過激なやつが多いから気をつけろよ」
なんと無しにいうと、
「柾輝、に変なこと吹き込むのやめろよな」
と、冷たく言い放たれた。
「気をつけろっていわれてもねぇ」
当の本人は弁当に夢中らしい。ふとが箸を止める。
「ん?」
「そういや、黒川。あんたサッカーボール持ってきたんだ」
「ああ。さっきリフティングの話になったろ?」
「え?うん」
「のリフティングの実力を見せてもらおうと思ってな」
「…ゲ!さっきいったじゃん。できる気がするだけだって!」
「気がするんだろ?やってみろよ」
「…このやろう…」そういいながらは弁当を置いてサッカーボールに触れた。
一生懸命頑張ってんのはわかるけど。
全然上手くねぇ。でも、すげー頑張ってるな。
俺がただ話題ふっただけなのに。「貸してみろよ」
「え?」いつの間にか俺はに近づいていた。
ボールをとり、リフティングしてみる。
すると、の目がキラキラしてんのがわかった。「ほらよ」
ボールを蹴り上げ、の元に落とす。「…う、うぉ!!すごいね黒川!やるねー!」
興奮しすぎ、お前。
なんて思ったけど、俺にも笑顔が伝染していってるのがわかった。
「もう昼休みは終わりだからさっさと片付けなよ」
翼の冷たく強い言葉が響く。
最初は何か嫌なことでもあったのかと思った。
けど、わかったよ。翼の目が、いっている。
を見つめるとき、とても優しくなる。翼は多分…のことを…。
…まぁ、考えすぎかもな。
だけど、それは現実化した。その日の部活のときだった。
いつものように部室で着替えてるときのこと。「よぉ翼!お前の従兄弟が入ってきたんやろ?」
ナオキ先輩が絡む。
「まあね」
「名前はなんていうんや?」
「だよ」
「ほぉー。ちゃんか!なぁ、ちゃんって…」
「サル」
「…な、なんや?(ビクビク)」
「のこと、名前で呼ぶな」
一瞬、空気が固まった。「な、なんやねん翼ぁ〜」
笑いながらナオキ先輩が言うけど翼の冷たい視線は変わることがなかった。やっぱり、そうか。
翼はのことが好きなんだ。
そのとき、確信した。
そして、10日が過ぎたころだった。
「…った!」
机に伸ばした手を引っ込める。
「どうしたんだ?」
覗きこむと、の机の中には画鋲が無数に入っていた。「…黒川、あんたが前にいってたことってこういうこと?」
が呆然としながら声を漏らす。
「…」
言葉にならなかった。
翼には過激なファンがいるけれど。
まさか本当に行動をするとは思わなかったんだ。「、大丈夫か?」
「…ちょいトイレ行ってくる」席を立ったの表情は冴えなかった。
─キーンコーンカーンコーン
チャイムが鳴り響く。
でもは帰ってこない。どうしたんだ?
そう思っていると、教室に女子達が入ってきた。「マジすっきりしたー」
「アイツ本当にウザかったもんね!」
「うちらの翼君にちょっかいだすなっての!」女子の声が鮮明に耳に入る。
─ガタッ俺は無意識に席を立っていた。
「黒川、どうし…」
すれ違う先生に声をかけられる。
構ってるヒマはねぇ。は今…?
「屋上か…?」
なんとなく、そんな気がして階段を上ってドアを開ける。
予想通り、は屋上にいた。
壁にもたれて、体育座りをして。俺は、翼の従兄弟だから、きっとこいつも強いんだろうって思い込んでた。
そんなことない。
こいつは女なんだ。
傷ついて当然だ。
あれだけの女子に何かを言われたんだ。
「ひっく…ひっく…」
俺は背中をなでてやることしかできなかった。
細い肩。
柔らかい髪。
目の前にいるのは…
俺の知らない女なような気がした。
「…黒川」
「なんだ?」
「泣いたこと、絶対翼にいわないで…」そこかよ…。
なんでそんなに強いんだよ。
もっと俺に頼れよ。
俺が支えてやるか…ら…?「………ああ」
…俺、今…なにを考えた?
やべぇ。
背中を支えてたの体温が離れない。
次の日、俺はよく眠れなくて珍しく早起きしたらに出会った。
目が腫れてる。
何故か俺の胸がズキンと痛んだ。「…目、意外と腫れてんな」
「…あー、うん。自分でもビックリした。やだなぁ、これ見てあの女子達が嬉しそうな顔をするのが想像できて嫌だわ」予想外の言葉に一瞬驚く。
そして次にこみ上げてきたのは笑いだった。すると、は何かを決意したかのように宣言した。
「実は…今日から昼と放課後は翼といるのを避けようと思うんだ。昼休み、私普通にどっかいなくなるけど翼にはいわないでいてほしいなー、なんて思って」
どっかいなくなるって…?
「あー…。お前ドコで食べんだよ?」
「普段は教室。でも今日は弁当を忘れたから、購買にパン買いに行った後どっかフラーって一人になれる場所探すよ」が自分なりに考えた答えがそれなのか。
…なら仕方ねぇーけど。会える時間が少なくなるっていうのも、なんかあれだ。
意外に寂しいとか思ってる俺がいて正直驚いた。「…」
俺は思わずの頭に手をのせた。
「俺、お前のそういうとこ悪いとは思わねーけど、無理はすんなよ」
「うん。大丈夫。目の前に理解してくれてる人がいるからね」は俺の目を見て笑った。
本当、お前って強いよな。つられて俺も笑う。
「じゃ!」
そういっては走っていってしまった。この感情には覚えがあった。
けど…。好きになったらいけない、そう頭で考えた。
だってアイツは翼の想い人だ。翼は恩人だ。
俺だけじゃなくて、他のやつらにとっても。
それは今もこの先も変わらない。今俺に必要なのは、仲間達とサッカーだ。
そこに恋愛が入るなら、俺はきっと仲間をとるだろう。だから…。
「…わかってんだけどな」
思わず落胆の声が漏れた。
そんな思いを胸に残したまま、7月に入った。
選抜の合宿に入る頃、俺はと一つの約束をした。…リフティングが上手くなったらご褒美を
多分のことだから上手くなってると思う。
そう思いながら帰り、駅の売店で少し物色をする。
「お…」
これ。
そう思って手に取ったのは青とピンクのビーズの花が散りばめられたストラップだった。
なんか、すげーのイメージと重なった。手に取り光に照らす。
キラキラとゆれるストラップが印象的で、気づいたらレジに向かってた。ああ、そうか。
認めてもいいかな。
俺はが好きだ。
でも、言えない。
言うわけにはいかないんだ。
「柾輝、遅いよ!何してたんだよ」
翼が声をあげる。
「ちょっと買い物をな」
相手は翼の想い人。
裏切るわけには、いかない。これで、諦めよう。
これをあげたら、もう、忘れよう。そう思いながらに渡した。
が嬉しそうな顔をする。
胸がしめつけられる。
それが、あまりに可愛くて抱きしめたかった。これで、終わりだ。
これで…終わり。
そう思い、気持ちに蓋をしたまま日々は過ぎた。
そして、10月の選抜練習が終わったある日の帰り、翼に呼び止められた。
「どーしたんだよ翼」
「柾輝、聞きたいことがあるんだけどさ」
「…なんだよ?」
「お前、のこと好きなの?」
「…は?」一瞬、目の前が真っ暗になる。
「それは、ねぇよ」
視線をずらし、呟く。「なら、よかった」
「…ああ」
「なら聞くけどさ」
「ん?」
「、一時期クラスの女子にいじめられてたんだろ?なんで俺に言わなかったわけ?」
「…なんで、それ」
「俺もそこまでバカじゃないからな。嫌でも情報は入ってくるしね」
そういって笑った翼の顔を見て、思わずぞっとした
「…に止められてたからな」
「そっか。まぁなら言いかねないよね」
「まぁな」
「…柾輝」
「…なんだよ?」
「本当にのこと、好きじゃないんだな?」
「…」翼の目が俺を捉える。
好きだなんて。
言えるはずがなかった。「…ああ」
「そっか」
翼は俺の言葉を聞くと、いつもの表情に戻っていた。
やっぱり好きになったらいけない人だった。
こんなに好きなのに。
こんなに近くにいるのに。
触れることも、思いを伝えることも出来ないことがこんなに苦痛だとは思わなかった。
そして、あの事件があった。11月、翼の家に行ったときのことだ。
俺と翼が電話をしていたらがいきなり席を立ったからちょっと気になって部屋から出たときだった。
隣のドアがあいてて、興味心で覗いてみたらベッドに横になるがいた。そして。
「やっぱり好きだなー…」
そういって俺のあげたビーズのストラップを持ち上げていた。
の顔はそこから見てもわかるほど赤かった。今のは…誰に向けての言葉だよ?
もしかして……俺?
「あ…?」
思わず声が漏れてしまった。「く、く、黒川!」
すごい焦ってるの姿を見て、ますます確信する。
ああ…どうすればいいんだよ。
とりあえず深呼吸して、平静を装った。「あー、悪ぃな。ドア開いてたから覗いてみたら、ここの部屋だったんだな」
「あ、う、あうん。そうな、のです」「あのさ…く、黒川。さっきの言葉聞こました?」
「…」は耳まで真っ赤にしていた。
可愛いなんて思う俺って相当バカだよな。「…聞こえた」
頭を掻いて呟くと、は困ったような顔をした。
「…うん。そういうわけで」
…
もしかして…
言うな。
言わないでくれ。
それを言われたら…俺は…「私…黒川のこと好きなんだ」
「…あ」
言っちまった。すげー…嬉しい。
…でも、俺は…
“本当にのこと、好きじゃないんだな?”
あの時言われた翼の言葉が廻った。だめだ。
バレたらダメだ。「わりーけど…」
俺は翼に会うまで、人生って何も楽しくないことばかりだと思ってたよ。
でも、あいつに会ってから変わったんだ。裏切れない…
「俺はお前のこと好きだと思ったことねーよ」
いつもと変わらぬ口調で、俺は言い放った。
まるで俳優になったみたいだった。
自分の感情と関係無しに言葉が出る瞬間が、こんなに冷えた感情に包まれるなんて
初めて知ったよ。「…マジ勘弁してくれよ」
自分に言い聞かすために小さく呟いた言葉。
なんでこんなことになっちまうんだよ。「ご、ごめん」
が謝る。
「…」
顔を上げると今にも泣きそうな。どうしたらいいのかわからない。
抱きしめたい。
抱きしめられない。逃げ出したい。
逃げられない。感情がグルグルと渦巻いたまま、俺はの部屋から逃げ出した。
翼の部屋に戻っても放心状態が続いた。
そして、帰る頃。
翼は俺の耳元でささやいた。「と何かあったんだろ?」
ああ。
もう。
全部見透かされてるんだな。
そう思った。「…ああ」
そう一言だけ呟いて、翼を振り切り出ていった。
それからは、もうとは関わりなく過ごしていた。
はあの頃の元気をなくしてしまっていて。
俺はどうしていいかわからなかった。“大丈夫か?”
“なにがあったんだ?”聞きたくても俺の言う筋合いじゃないことをわかっていたから何もいえなくて。
そうしたら4ヶ月も過ぎていて。
福島から帰った俺を待ち受けていたのは、は広島に帰ってしまった、という知らせだった。
「うわ…」
死ぬほど後悔したけど、でも。
何も出来ない俺がいてどうすればいいのかわからなかった。
もしもこれから先、と会える機会があるのなら。
謝りたい。
本気でそう思った。
誰かが言ってたよな。
本当に好きな人とは結ばれないんだって。
あれって本当だったんだな…。恋愛で泣く奴は弱いやつだと思い込んでたよ。
「…っ」
俺は、その日初めて恋愛なんかで涙した。