COMPLEX LOVER(コンプレックス・ラバー)  ~case by 郭英士~














『土曜に飛葉中にこいよ!面白いもんが見れるからさ』




夜に椎名から電話がかかってきた。
一体どんな面白いものが見られるのかと思いきや。




「天城と風祭の対決?」
ただでさえロッサが休みな珍しい日だったのにせっかくの休日を潰された気がしたよ。
結人は楽しんでるし、一馬も他人事じゃないみたい(まぁFWだし)




ボーッとしていると、校舎の方から視線を感じた。
振り返ると多分ここの女子生徒たちが観覧してる。
…キャーキャーとか…耳ざわりだから正直やめてほしい。
しかも大半は椎名関係。
こんな中で毎日練習って、気が重いだろうね。







そう思ってふと視線をずらすと、西園寺監督の姿を見つけた。
「…?」
隣を見ると、沈んだ顔の女子生徒。
年は俺と同じぐらいだろうか。
サッカーのほうを見てるのに、全然楽しそうじゃない。



俺の視線はいつの間にかその子に釘付けになっていた。


特別可愛いわけじゃない。
何か特徴があるわけじゃない。
ただ、まとっている雰囲気が他と違ってた。




「おい英士!」
一馬が腕を引っ張る。
「風祭が決めたぜ!」
「へぇ」
正直どっちが勝とうとどうでもいいよ。
「…」
もう一度視線を向けると、彼女はいなくなっていた。


どうしてこんなに気になるんだろう?
ふとした疑問がよぎる。





「あれ?英士どこにいくんだよ」
「ちょっと喉が渇いたから自販機行ってくる」 
一馬にそう告げて、グラウンドから出て行った。
校舎の角を曲がろうとした、その瞬間、




「…ひっ…く…!」
目には涙をたくさん浮かべて走る少女とすれ違った。



「…!?」
思わず振り返る。
彼女の背中がどんどん遠くなる。



「…今の…」
さっきいた子だ。
どうして泣いているんだろう?
何かあったんだろうか?




そう頭で考えても体は動かなくて、気づいたら彼女の背中はもう小さくなっていた。











「それ、一目ぼれだって!」
結人が指をさして言う。
「人に指をさすのはよくないよ」
「なんで名前聞かなかったんだよ」
「…」
聞かなかったんじゃなくて、聞けなかったんだ。
思わず付け加えそうになったのを抑えた。


「ま、もう会うことねー奴だもんな。意味ないか」
結人が言うと、一馬が同意する。


「まぁね」
俺はそういって話題をかえた。















それから5年後。
不思議な出会いがあった。



サンフレッチェに入った俺は、東京から広島に来ることになった。
プロになったはいいけど意外と自炊が苦手なことに気づいた俺は、仕方なく家の近くのファミレスで夕飯を済ませることにした。



「いらっしゃいませー!」


マニュアルどおりに挨拶する店員に目がいった。



あのときの彼女と似てる。
そうは思ったけど、ここは東京じゃない。
絶対にありえるはずがない。



けれど自然と視線は彼女へと移動していった。


そして感じた思い。
やっぱり彼女もまた雰囲気が他と違って見えた。




「お待たせいたしました」
料理を持って現れた彼女。



近くで見れば…違うかな?
あの子はこんなにきれいじゃなかった気がするし。



「…なんですか?」
あからさまに怪訝そうに彼女は俺を見た。
どうやら見すぎたらしい。
「いや、なんでも」
「…」
無言で料理を俺の前に移動させた。


名札を見ると「」と書いてあった。


、さんか。
名前がわかるだけで、嬉しいなんて思う自分がいるなんて。
俺、ストーカー気質があるのかと思ったよ。


でも、悪い気はしてないな。












それからも週に2,3度はここに通った。

入るたびに彼女は「いらっしゃいませ」と笑う。
俺がしょっちゅう来てること、全然気づいてないみたいだった。
眼中に入ってないのか、というよりも。
さんを見ていると、無理やり男を視界の中に入れさせないようにしてるのがわかった。


すごく優しいのに、もったいない。
本気でそう思う。


泣きじゃくる子供がいたとき。
彼女はゆっくりと腰をかがめ、一生懸命あやしてた。
あと一人のホールにいた女はすごい面倒くさそうな顔をしてたのに。



お客はその日すごく少なくて。
誰も褒めてくれる環境ではなかったのに。
なのに彼女は柔らかく子供に微笑みかけてた。
何の利点もないのに、そういうことを自然と出来る人なんだって思うと。
余計に嬉しくなった。


気づいてくれないかな、俺のこと。



いつの間にかそう考えてる自分に気づいた。
ああ、そうか。
俺はまた、いつかのように一目ぼれをしてしまったんだ。


ようやく実感する。










そして、運命の日はやってきた。






練習の休憩中。


「城光さぁーーーん!!」
観客席から大きな声が響いた。



…誰だろう。こんなに大きい声で呼ぶのは…(しかも城光)
興味本位で振り向くと、そこには二人の女性が立っていた。


「あ」
思わず声が漏れた。
だってその人は、俺が一目ぼれした相手だったから…
…。もしかして城光とできてるわけ…?
それはある意味勝ち目がない気がするよ。




けれどよく見ると、話してるのはさんではなく、彼女の友達らしき人だった。






本気で安心した自分がそこにはいた。
たかが一目ぼれでもあなどれないって思って苦笑いを浮かべた。



「もう休憩終わるから、誰かあの色バカを呼んでこいよ」
先輩があきれたように言う。



チャンス到来。
飛びつかないわけがなかった。



「俺が呼んできます」
そういうと、俺は急いで観客席の方へ向かった。






「城光」


背を向けて喋ってる彼女の後ろから声をかける。
すると、三人は同時にこっちを向いた。


「そろそろ休憩終わりだよ」
そういいながらチラリと彼女に目を向けた。


ファミレスでバイトをしてるときとはイメージが違う。
いつもは結んでいる髪の毛を今日おろしていて、不覚にも胸が動いた。




「おお。ほーか。じゃあ、またっちゃね」
「うん!城光さんがんばって!!…あ。郭さん。ごめんなさい。ここまできてもらっちゃって…」



さんの友達らしい子が頭を下げる。


「…かく?」



彼女が怪訝そうに顔をゆがめた。


そんな気はしてたけどやっぱりだ。
こういう世界にいると、自分を知らない人がいることに驚くんだよね(苦笑)


俺のこと、彼女はやっぱり知らなかった。
少しだけ、胸が軋んだ。


でもこれはチャンスだ。
逃すはずがない。



「郭。郭英士っていうんだよ、俺」
「郭英士?変わった名前ですね」
「そう?よくいわれるけど」
「ああ、やっぱり」
会話が終わってしまった。
君の名前は?と聞きたかったがなかなか言葉が出てこない。



いつも口説くとき、俺はどんな言い方をしてたっけ?
頭が真っ白になってしまった。



「…まぁ、今来たばかりみたいだしゆっくり見ていきなよ」



口から出た言葉はこれだけだった。
俺らしくない、よな。






小走りをしながら、少しだけ後ろを振り向いた。
彼女の視線はもうどこかに向いてしまってる。
ほんと、俺のことどうでもいいんだね(苦笑)


でも。


「これからが勝負だから」
「は?」
「こっちの話」




ハテママークの浮かぶ城光をよそに、俺は一つの決意を固めた。