笠井と隣になったものの、
受験のため自習が増えてきたので笠井とは何も会話することなく三日が過ぎた。






「ねえ
「なに?」
「なんでって笠井と話さないの?」
「…なっなんで?(汗)」
少し引き攣ってる私の顔。
それに気づいた透子はますます顔を私に近づけて言葉を続ける。
「だってさ、どっちかって言うと、って男子とはよく話すほうなのに笠井とは全然話してないじゃん」
「…すっするどいなぁ透子は…(汗)だって笠井はいつもボーッとしてるからさぁ、
なんか最初に話しかけるタイミングを忘れちゃったって言うか…。
それに笠井と話してもつまらなそうじゃん?」
笠井は女子と話さない。
いつも藤代君と一緒にいたり、男子と話したりはしてるけれど。
未だかつて一度も女子と話しているところをみたことがなかったりする。
「う〜ん…確かに。笠井が女子と話してるところって見たことがないよね」
「でしょ??やっぱりさ、残りの中学生活で恋なんて出来そうにないよ…」
「そうかなぁ?私はいつも藤代と盛りあがってるけどvv」
「あーそうだね。アンタ何気に藤代の隣の席をゲットしてたもんね」






―ガラッ






二人そろって教室に入る。
「ちょっと二人とも大変大変!」
するとクラスメイトの野村さんが大声で近寄ってきた。
「どうしたの??」
「あのね、今日の国語は漢字のテストらしくてね、100点中80点じゃないと居残りなんだって!」
「…はいぃぃ??!」




居残りって…。
そんなぁ…今日はドラマの再放送があるのに…(受験勉強しろよ)
あ!そうだ!今から少しでも勉強すれば何とかなるかもしれない!







は思いついたように急いで自分の席に向かった。



「…ない…」



机の中を隅から隅まで見たんだけど…
入ってないんだよ。
国語の教科書がぁ!!(涙)





「そうだ…誰かに借りて…」



そう思い、私は辺りを見渡した。
が、みんな当たり前のように漢字勉強をしている。




…どうしよう…



ふと隣を見てみたときだった。
そこには一人だけ英語の勉強をしている笠井の姿が…
…こりゃ頼むしかないだろう?



よし。
言うぞ!



「ねえ笠井!」
「ん?」
「あのね、国語の教科書貸してくれない!?」
「…」
笠井は何も言わず机の中に目を向けた。





微妙な沈黙が流れる。




そういえば笠井ってサッカー部だったっけ?
いくらクラスで話したことがないといってもそれぐらいのことは知ってる。
だって武蔵森はサッカーの名門校だしね。
でもいつも藤代の方が目立ってて。
どちらかと言えば笠井は月みたいな印象だ。
太陽の藤代。
月の笠井。
私の中ではそんな定義が出来上がっていた。
だって藤代は人当たりよくって犬ころみたいで。
それに比べて笠井は結構無口だし社交的ではないほうだから印象が薄いんだよね。
私が知っているのはこれだけ。





「はい」
「…え?」
ボーッとしていると笠井が私に教科書を差し出していることに気づいた。
「あっありがと」
席替えをしてから初めてまともに交わした言葉。
なんか…変な感じ。
笠井ってこんな声だったんだ。
ちょっと低いようで低くなくて。
少年って感じの声。
なんでだろ…?
妙に嬉しいぞ…
あれれ?
なんでだ??
…ま、いっか。







パラパラパラ…


笠井に借りた国語の教科書を見ていると作者の顔写真に不審な点があることに気がついた。





「…あ?」
思わず声が漏れてしまったことも気づかずにはその不審なページを見つめる。
そこには、明らかに普通の写真だった作者の顔に落書きがしてある。
しかも一つ一つがのツボにジャストフィットする面白さとユーモアに溢れているのである。





「なっ何これ…面白いぃ!」
とうとう漏れてしまった笑い声に、笠井がゆっくりとこちらを見た。
「笠井ぃ!この教科書面白すぎ!」
「え…?」




少し睨み顔だった笠井の顔が少しだけ緩んだように見える。
「アンタの落書き、才能ありすぎぃ!マジで面白いんだけど…ククッ…」
「そんなに笑うことかな?(汗)」
少し照れくさそうに笠井はこちらを見ていた。
「はぁ…笑った笑った!また新作が出来たら見せてね!」
「あ、うっうん」
ちょっと戸惑った顔をしている笠井。
そんな笠井に私はもう一度話しかける。
「笠井って面白いやつだったんだね!私誤解してたかも」
「え?」
「だって笠井って全然喋ってくれないんだもん」
「それは…」







「おーい、漢字テストを始めるぞ!」




笠井が何かを言おうとした瞬間、国語の先生が乱雑に教室に入ってきた。



「…は?漢字テスト?」
笠井の目が丸くなる。
そして、彼の視線は私の持っている教科書に移動した。
「え?笠井知らなかったの?」
「…(コクン)」
「…あっあっでも、私もアンタの落書きのせいで勉強できなかったからさ、同じようなもんだよ!」
フォローの言葉をかけるものの、無常にもプリントは配られていった。






「はい、はじめ!」





…あれ?
意外と埋めれたかも…。
そういえば昨日は漢字の勉強してたんだもんね。
だからかな?
意外に出来た!…っていっても半分ぐらいは自信がないけど(汗)








「…なぁ、
小さな声が隣から聞こえた。
「…?」
はゆっくりと視線を傾ける。
「どうしたの?」
小さな声で囁く。
「お願いがあるんだけど」
「なに?」
のプリント見せて」
「は!?やだよ。私半分も分かってないもん」
「いや、俺はもっとサッパリなんだよ。教科書貸したお礼ってことで」
こいつ、意外と図々しいな…(いや、お前もな…!)
「間違ってても知らないよ」
「俺よりは大丈夫なはず…(汗)」
「…はい」
私は素早く笠井にプリントを渡した。



でも…なぜか。
なぜだか心は満足感で満たされている。
なんでだろう?
笠井の声をたくさん聞けて嬉しかったから?
彼に頼ってもらったことが嬉しかったから?
いやまさか。
だってそれって私が笠井のことを好き…みたいじゃん!?
いや、違う。
ちょっとびっくりしただけだよ。
うん。
ちょびっとびっくりしただけ。



私はそう言い聞かせ小さく深呼吸をする。












「え!?あっ何!?」
「これ、ありがと」
彼は先生に見つからないようにプリントを手渡した。
「どういたしまして。でも半分ぐらいは自信ないから意味なかったと思うよ」
「いや、マジで助かったよ」
と、彼はその時…。
このクラスになってから…きっと女子の中では誰も見たことがないんじゃないかってぐらいの笑顔を私に見せた。
「え?あっうっうん」
私は、赤くなる顔を抑えながらうつむいて返事をした。
そして、照れ隠しのようにプリントに目を向ける。




「…あれ?」




変だな。
私、ここの問題に漢字書いたっけ?
確かわかんなくて飛ばしたところじゃ…。
それに字も私のじゃないし。
…もしかして…






「笠井…これ」
「ああ。俺が分かったところは書いておいたよ。合ってるかはわかんないけど…プリントのお礼、かな?」
少し笑いながら小声で喋る笠井の姿を見て、私はなんとも言えない…そう。
胸がギューッと締め付けられる感覚に陥った。