"残念だけど、君には消えてもらわなくちゃならないんだ"


"…え?"














Flower














夏休みの予定はサッカーと英士と一馬と遊ぶこと。
そして空いた時間を使ってと会うこと。
今日も少しばかりのオフの時間を幼馴染のと過ごす。
女と二人で遊ぶ…なんて言ったら勘違いするかもしれないけれど。
俺とはそんな関係じゃないし。
そう、ただの幼馴染ってだけなんだ。











ミーン…ミーン…



蝉の声を背中で聞きながら、俺たちはいつもの町並みを歩いていた。








「暑いねー」
「マジであちぃー!どっかに入ろうぜ」
地面からジリジリと感じる熱に力を奪われながらとりとめのない会話を交わす。
さー、お前夏休みはなんか予定ねーの?」
「え?予定?」
「そ。まだ八月に入ったばっかだろー」
「そうだよね。えーと…」
は『うーん』と口を尖らすと、少し俯いて考え出す。
その姿は少し大人っぽく見えて、いつものとは違って見えた。
少しだけ。そう。ほんの少しだけど脈が速くなる。
「かっ考えろ、考えな!うん。俺、待つから」
俺はそういうとと同じく俯いた。
と、いうよりも今の気持ちを持ち直すために。
ってなんで俺がこんなにドキドキしなくちゃならねぇんだ……ん?
の左足、なんかスゲェ腫れてね?
、お前さー。どっかで足ぶつけた?」
「え?」
「足、すげぇ黒くなってるじゃん。打ち身だろ、それ?」
「あー…うん。昨日棚の整理してたら、たくさん物が落ちてきちゃって…」
は、自分ってドジだから、と言いながら笑った。
「お前つい一昨日も貧血で倒れたらしいじゃん。おばさんが言ってたぜ。
…ってかおばさん体が弱いんだから心配かけるなっての!」
「あーうん。そうだよねー」
「いや、マジで!」






ジリジリとした太陽が容赦なく背中に焼き尽くす。






「あのさー、結人」
「ん?何?」
「私が急にいなくなったらどうする?」
「…は?」
「うっううん。別に何でもない…」
「…?」
俺は首をかしげたまま彼女を見た。
少し悲しげな、虚ろげなの表情がなぜかやけに目に焼きついてしょうがない。
「あ、見て!こんなところに花屋さんがあったんだ!」
「え?」
の言うとおり、曲がり角には小さな花屋があった。
「少し見ていっていい?」
「別に構わねーよ」
すると、彼女は『やった!』と一瞬、子供みたいな顔をして花屋の中に入っていった。
たかが花屋になんでそんなに嬉しがるもんなのかな?
そんなことを考えながら俺も後に続く。
は立ち止まり、一つの花を見ていた。
?」
「これ、最近発見された新種の花なんだって」
「へぇ〜」
あんまり興味はないけれど、体を乗り出して花を見た。
そこには、何処にもあるような花の束がキレイに揃ってこちらを見ている。









「いいよねー、花は…」
「なんで?」
「もし自分が枯れたとしても、その花がなくなることはないんだよ。何処かで自分と同じ花が咲いてるんだもん。
だから…その花を忘れることはないの」
「?」
今日のはなんかボーッとしててうわの空で。
正直、今、が言っている意味もよく分からなかった。
けれど、なんとなく話を合わせたほうがいい気がして、俺は呟く。
「そうだな」と。
「でしょ?」
は嬉しそうな顔で俺を見る。
「じゃ、そろそろ行こうか」
「そーだな」
少しかがめていた腰を持ち上げて、店を出て行く。
交差点を俺よりも少し先に進むの姿が少しだけ儚げに見えて、何故か胸がきしんだ。






と、次の瞬間…



――キキィーーーー!!!



俺との目の前に、突然車が現れた。



――ドンッッ!!



鈍い音が響いたと思うと、薄れていく自分の意識。
その後の記憶はない。































「…?」
気づけば、そこは真っ白な部屋だった。
頭がズキズキと痛む。
頭を触ってみると、グルグルと包帯が巻かれ、その一部分を触るとやけに痛みが響いた。



…俺、車にはねられたのかな?
あ、多分そーだろうな。
冷静になってくると周りっていうのは見え始めるもんだ。
「…」
なにか忘れてる気がする。
「……」
そうだ。はどうなったんだろう?
俺が跳ねられて…





「結人…目が覚めたんだね」





「……?」
聞き覚えのある声に、結人は不意に顔を上げた。
すると、そこにはさっきと同じ格好の
、無事だったんだ」
「うん…」
「そっか。良かったー。俺、すげぇヒーローみたいじゃねぇ?」
「うん。そうだね」
彼女は口元だけに笑みを浮かべると、静かに俺が寝ているベッドの端に座り込んだ。
「結人に話しておきたいことがあるんだ」
「なんだよ?かしこまって」
「…あのさ、私のお母さんって体が弱いでしょ?」
「え?ああ…確かあれだっけ?本当は子供を生んだら死んでたかもしれないってぐらい体が弱かったんだろ?」
「そう。だけど、私が生まれて…お母さんは子供を生めない体になった…だから、一人っ子じゃない?私」
「…あー、うん?」
「…私が生まれてきたのは間違いだったんだって。
本当なら…私は流産で死んでて、その後お母さんには男の子の赤ちゃんが生まれるはずだった…」
「は??」
の意味不明な話に、結人はさすがに言葉を挟んだ。
「最近、やけに事故とか病気にかかるなあって思ってたら…夢で変なことを言われたんだ…」
「変なこと?」
「うん。“君は間違って生まれた子だからこの世からいなくなってもらわなくちゃならない”って」
「…どういうことだよ?が死ぬって…こと?」
「ううん。死ぬのとは違うみたい。私の魂と本当に生まれるはずだった弟の魂が入れかわるだけだから…
だから、私の存在自体消しちゃうって言ってた」
、お前そんな話信じてるのかよ?そんなわけ…」
「私…昨日棚から物が落ちてきたって言ったでしょ?」
「え?あ、う、うん」
「それに今日は交通事故」
「…でも、は無事だったじゃん!そんな…」
「ううん。私、今はこんなに普通でいるけど、本当は結人よりも大怪我だったんだよ。
もう死ぬのかなって思ったときにね、声が聞こえてきたんだ…」
「声?」
「うん。そう」






『君が消えるのを拒んで時間を遅らせるからこんな無理やりな手段を取ったんだ』
「…どうして結人を巻き込んだの?」
『だってそうでもしないと君は僕の答えを受け入れてくれないだろ?』
「やっぱり私、この世からいなくならなきゃいけないの?」
、君が生まれてきたのは間違いだったんだよ。君の分は…僕がきちんと生きるから…』
「…それが…それが本当なのだとしたら…私…もう存在なくなってもいいから…だから」





―結人に会わせて?













「そんなこと…信じられるかよ…」
「ごめんね。信じられないよね?わけわかんないよね?…ごめんね」
はポロポロと涙を流し始めた。
「私、結人のこと好きだったから。だから…巻き込みたくなかったの。なのに今日…事故に合わせちゃって…」
「そっそんなの気にしなくてもいいって!」
「…ごめんね。ごめん…」
頬に伝う、無数の涙。
「泣くなよ…」
なぜか俺の頬にも涙が伝っていた。
男のくせに俺も涙して俯いた。
「俺も…好き…だったんだよ、ずっと」
「ゆ…と?」
「俺ものこと…すっげぇ、すっげぇ好きだった!」
「…結人…」
俺は痛む傷を抑えて、彼女の体を抱き寄せた。
恋よりも、愛よりも、そんなことを考える暇もなく体が動いていた。
「いなくなるとかいうなよ!いなくなるなんて…言う…なよ」
こんなに近くにいるのに。
こんなにの体温を感じているのに。
「そんなこと…言うなよ」
「結人…私のこと…忘れない…でね」
「…え?」
「今日、私いなくなっちゃったらね、お父さんも、お母さんも…
私と接した人全員、っていう記憶はなくなっちゃうんだって。だから…無理だってわかってるけど…」
は握りこぶしを強く握ると、声を震わせてつぶやいた。



―私のこと…忘れないでね








「忘れるわけ…ないじゃん」
忘れられるわけないじゃん。そういうと、は照れくさそうに笑った。
近づく顔にハッとして、まぶたを閉じた彼女の唇に口付ける。
これが、最初で最後。これが、がいた証だ。





























「結人、起きてる?」
…聞き覚えのある声。少し低くて、呆れたような…
「交通事故だって聞いたからもっとすげぇことになってるかと思った」
「…?」
少しずつ目をあける。
そこには、英士と一馬が立っていた。
「…あ?れ?」
「歩いてたら止まってる車にぶつかったんだって?まったくどうやったらそんなことになるのか俺が知りたいよ」
英士はガサガサとお見舞いの品と思われるものを取り出していく。
「…あ、うん」
そうだ。俺は確か…そうそう。
ボーッと歩いてて、止まってる車にぶつかったんだっけ?
この結人様がまったくドジなことをしたもんだぜ(汗)
「なんか頭がボーッとする」
「あー、なんかおばさんが言ってたぞ。強く頭を打ってるから前後の記憶が微妙に抜けてるかもって」
「そっかー。だからか」
あんまり事故の記憶がないんだよな。
「そういえばさっき祐二が来てたよ」
「祐二?」
「お前忘れんなよιお前の隣の家に住んでる『祐二』だよ」
「あー。そうだそうだ」
俺の一コ下の幼馴染の祐二か。
マジで頭がボーッとしてるぜ。
「あ!これ水替えておいたから」
「何の?」
「これ。覚えてねーのかよ…(汗)なんか車にぶつかった後もずっと握ってたらしいけど」
一馬は繊細なものを扱うように、俺のベッドの横においてあった何かを手に取った。



「…花?」
「結人、手術中もずっと握ってたらしいから取っておいたっておばさんが言ってたよ」
「……」
一馬は小さな花瓶を持っていた。
そこに一本だけ生けられた小さく、今にも折れてしまいそうな花。






(なんで俺こんなもの持ってたんだろう…?)






「花…?」







もう一度口に出した瞬間、目に焼きついたように一人の少女の姿が浮かんだ。
でも顔にもやがかかったようで思い出せない。







(誰だっけ?)





(俺、こんな知り合いいたっけな?)







頭をかしげ、もう一度花を直視すると、何か、懐かしいような…あたたかいような…






街角の花屋。
嬉しそうに微笑む女の子。







俺の幼馴染で、一番大切だった人。





「……っっ!」



「結人?どうしんたんだよ?」
「まさか泣いてるの?」

















―…忘れないから





頭の痛みも。
今年の夏の暑さも。
そして、この花もきっと忘れることはない。





―絶対に…忘れないからな







すべてはと共に鮮明によみがえるから…