こんな感情いらない。
人間なんて大嫌いよ。
もう誰も信じない。
東 方 異
聞 ~ 風
の 彩 ~
「お待たせいたしまし…」
ドアを静かに開けて部屋に入る乙姫を、一人の男がにらみつけた。
それを素早く察知する乙姫。
「…どうかいたしましたか?」
「別に、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「…何か?」
「このゲームの中で、なんでアンタは一人だけほかのキャラと違うわけ?」
「…え?」
一瞬、困惑した顔でこちらを見つめる。
「ほら、その顔」
「…!?」
「普通のキャラだとそんな顔はしないんだよ」
「…何を…言わせたいんですか?」
「じゃあ言わせてもらうけど、俺たちをここに連れてきた理由は何?」
「…え?」
「ありもしない“宝”がここにあるとウソついて竜宮城に呼び寄せる理由さ」
「!!」
翼の言葉に乙姫は顔を蒼白にさせ大きく叫んだ。
「楓!この者たちをひっとらえなさい!」
「はい、かしこまりました」
静かに言葉を発し、物陰から出てきた人はまだ幼く、少女の面影を残していた。
身長はや翼よりもはるかに低く。
きっとそこらの小学生とかわらないぐらいの年齢で、真っ赤な着物に髪の毛を一本に結んでいる女の子。
「すいません。少し痛いかもしれませんが…」
彼女はそういうと、大きく手を上にかざした。
そして、ゆっくりと口を開く。
「水よ…」
彼女がそう言った、その瞬間、
手のひらに水が渦巻き始めた。
「彼らを縛る鎖となりなさい」
―シュン!
水の柱が素早く、翼、黒川、三上、藤代の両腕に絡みつく。
「なっなにこれ!?」
は思わず言葉をあげた。
なぜなら水の柱はゴムのように変化し、両手を縛りつける紐になってしまったからだ。
「いっ痛っ…」
ギシッギシッと絡みつくキツイ水の紐がたちの自由を奪う。
あの黒川や椎名でさえも突然の行動に何もできず、ただ縛られた手に苛立ちを感じながらその場に座り込んだ。
それは三上と藤代も同じであった。
「ふふ、いいざまね。楓、この者たちを見張っていなさい!」
「はっはい!」
乙姫はその言葉と共にドアを閉めていってしまった。
「…」
その後姿を見送り、楓と呼ばれた少女がこちらに近づく。
「…あの」
小さな口を開いた瞬間、楓の顔が厳しく変化する。
「だ、大丈夫ですか?」
楓の手は震えていた。
なぜだかはわからないけれど、きっと何かがあるのだと、翼は悟る。
「別に。お前加減したんだろ?だから大丈夫だよ」
「…」
「…ねえ…あの…」
「どうしたの?」
もごもごと喋るに翼は言葉を挟む。
「どうして…乙姫はこんなことをしたの?」
「それは…」
楓は言葉を失った。
「…あ、だったら質問かえるね」
「…?」
「聞きたいことが…あるんだけど」
「なんですか…?」
「さっきね、笑った乙姫の顔を見て思ったんだけど…なんだか…少し寂しそうな感じがしたんだ…」
「!!?」
がそういった瞬間、楓は涙をポロボロと流し始めた。
「どっどうした…の?」
恐る恐る問いかけながら、彼女の頭をなでる。
「お願い…です」
「…え?」
「乙姫様を…乙姫様の心を…救ってください」
「…え?」
一同、言葉を失う。
「乙姫様と私には…人の感情があるんです」
手の甲で涙を拭いながら、必死に楓は言葉を発した。
「このゲームができたときはまだキャラ自身に感情なんてありませんでした。
でも、私たちの創作者である『クリプトン』はより人間らしいキャラが出るゲームが作りたかったみたいで…
だから…
生きている人間の脳を加工して私たちの体にインストールしたんです」
涙を流す楓の声が強くなっていく。
「だから…だからお前と乙姫には人間らしい部分があるわけだ」
「そうです」
「で?」
「…」
楓は黙ってうなずくと、また言葉を続けた。
「最初、このゲームでの竜宮城のイベントは逆のものだったんです」
「逆のもの?」
三上がしかめっつらしながら問いかける。
「そうです。此処で何十時間過ごしても、現実に戻るとまだ数時間しか経っていない…という…」
「なるほど。そりゃ理想的なゲームだな」
「でも…」
「でも?」
「乙姫様は納得いってないみたいでした…」
『楽しかったぁ!また来るね!乙姫』
『はい、お待ちしております』
『じゃあねぇ〜』
『…』
『どうしたんですか?乙姫様?悲しそうなお顔をして…』
『…悲しいわね』
『…え?』
『あの人たちは人間。私たちは所詮ゲームの住人なのよ』
『そんなこと…今更…』
『悲しすぎるわよ。そんなの』
『…乙姫様?』
『私たちにはこの世界しかないのに、あの人たちには現実の世界がある。
もし私がこの世界で恋をしたとしても、二人が結ばれることはないわ』
『…』
『そんなの…辛すぎるわ』
『気持ちは分かります…分かりますけど…』
「乙姫様は文句を言いながらも、たくさんの現実世界の人たちをもてなしました。もちろん私も。
でも…でも…あの人に会ってから乙姫様は変わってしまったんです」
「あの人?」
「…そうです…。大場悟さんと松田卓也さんに出会ってから…」
「…え?」
「どうか…しましたか?」
今の名前…
私はすぐに黒川君のほうを見た。
彼もまた私のほうを直視してる。
「…おい…大場悟って…」
「う、うん…」
『僕の名前は大場悟…もう忘れてしまう直前だったな…』
と黒川の頭には一人の男が浮かんだ。