「翼!やめろ!」
が迷子になっていたそのころ…海岸では一人の男の声が声高く上がっていた。
「…あれ?柾輝来たんだ」
笑う翼。彼の手には釣竿と、そして…
「もう釣っちまったのかよ…」
そう。もう彼の手には『亀』が釣られていた。
その亀とは昔話に出てくるイメージの大きな亀とは全く違い。
直径20cmほどの両手で抱えられそうな亀。
「どうしたんだよ柾輝。そんなに声を上げてさ」
「バッカ…野郎(汗)」
「…(ピクン)バカ野郎?」
翼は柾輝の言葉を聞くと、にっこりと微笑んだ。
その笑顔はまるで、『僕のどこがバカなの?』と言っているようにも見える。
「そういう意味じゃねぇよ」
黒川は事が事のためいつもの冷静さを保てずにいた。
さっきの男の話では、いまからイベントが発生するに違いない。
…あ、やべぇ…そしたらマジでどうすればいいんだ?
考えれば考えるほどわけが分からなくなる頭。
「あー…翼…あのな、いま…」
黒川は頭を掻きながら言葉を切り出そうとした…そのとき、
「久しぶりじゃねぇか、椎名、黒川」
翼と黒川の背後で声が聞こえた。
低く、そして少しあざ笑っているかのようなその声。
翼は振り返りながら、言葉を返す。
「久しぶりだね、三上。アンタちょっとは成長したわけ?」
余裕のある笑みを見せながら翼の体が反転する。
が、三上の方を見た瞬間、翼は一瞬困惑の顔を見せた。
それもそのはず、三上の横には…
「…?」
だが、当の本人は…
「翼君…釣っちゃったんだ(汗)」
と、翼の持っている亀に引き攣った笑いを浮かべている。
「あれ?椎名が持ってるのって例のイベントが発生する亀じゃないッスか!」
「げっ…お前もう釣ったのかよ」
「三上先輩!こうしちゃいられないですよ!俺たちも早く釣りに行きましょうよー!」
「そーだな。じゃあ、また会おうぜ」
「ちゃん!次は竜宮城でね!」
二人はそういうと、走りながら釣り用具屋に向かった。
…二人とも竜宮城のイベントのこと…知らなかったんだ。
言うタイミング見逃しちゃったよ…
ってそんなことよりも!
「翼君!もう亀釣っちゃったの?」
「。それもう二回目だよ。気づいてるの?」
「う…き、気づいてる…よ。ってそうじゃなくて…」
と、次の瞬間。
翼の持つ亀にたちまち光が立ち込めた。
透明と黄色を足して割ったような色合いの光が亀の体から放たれる。
それがとてもまぶしくて、思わずは目を瞑ってしまった。
「…?」
うっすらと目を開けると、目の前にいた亀の甲羅に一人の女性の立体画像が浮かんでいた。
その女性は髪の毛がとても長く。
小さな画像でもどれだけ美人か、ということがよくわかるほどキレイな顔立ちをしている。
その映像に見入っていると、女性は口を開いた。
『私の使いを釣っていただいてありがとうございました。今からあなたたちを竜宮城へ案内させていただきます。
釣った方は必ずの参加で。そして、それ以外のご利用人数は二人までとさせていただきます』
あ…
―強制的に竜宮城に行くことになってしまうんだ
悟さんがいってたイベントが始まる。
どうしよう。このまま一人、翼君を行かすわけには…
「何ボーッとしてるのさ。参加するに決まってるだろ?な?柾輝、」
「…」
「…つ、ばさ…君」
「…何?」
「わ、私たちね。さっき…現実の世界の人に会ったの」
「へぇ…で、それがどうかしたの?」
「あの、ね、…」
なんて説明したらいいのだろう?
このイベントに参加したらもうもとの時間に戻ってくることはないって?
そんなの…私が上手く言えるはずがないよ。でも…言わないわけにはいかない。
「この竜宮城のイベントに参加したら…本当に…本当の浦島太郎…みたいなことになっちゃうんだって」
「本当の…?」
翼はその言葉に反応した。
本当の浦島太郎といえば『箱を開けておじいさんになる』ということが有名だ。
「翼…の言ってることは本当のこと…だ」
黒川は言い渋りながらも言葉を漏らす。
イベントは強制的。
けれどそれに強制的に参加しなくちゃならないのは釣った本人のみ。
あとの二人は来ても来なくても良いのだと、この立体映像は語っていた。
なら…僕は?
「そう」
翼は何かを考えているような顔をしながら俯く。
「…俺は、行くからな」
黒川は少し吹っ切れたような顔を見せると、そう言った。
「…え?」
ゆっくりと黒川のほうへ顔を向ける。
「お前を裏切らねぇって一年前からずっと決めてんだよ」
そして、彼は『翼一人だと、絶対に無理するし』と付け加えた。
「一年前って…柾輝、お前も律儀な奴だよな」
翼の顔に少しの笑みが戻る。
「…。お前は現実の世界に戻っていいよ」
「え?」
「そもそも僕がこのゲームに参加するように言ってたわけだし、
こんなところまでお前を巻き込むわけにはいかないだろ?」
「…」
いつも見せないぐらいの笑顔を彼は見せて。
優しく私の頭をなでた。まるで最後の別れ、のように。
「まぁ上手くやれば早めに戻れるかもしれないんだろ?」
「いや、よくわかんねぇι」
「多分大丈夫とは思うんだけどね。だっていくら昔とはいえそんなことが公になったら新聞沙汰になるだろ?
ってことを考えると、戻れなくなるほど年月を経たプレイヤーたちはそうはいないってことさ」
…もしも翼君と黒川君が現実世界に戻ってきたとしても。
それが何日先か。それとも何週間先か。
それとも…何ヶ月先か…ううん、何年先か…わからない。
…そんなの…辛すぎる。
「私も…行く」
「「え?」」
…私も一緒に冒険してるから、一人、残されるなんて辛すぎるから。
がそういうと、二人は一瞬キョトンとした顔をしたが、
「じゃあ尚更宝を見つけたらすぐに戻らないといけないな」
「そーだな…って宝があるのかよ。竜宮城に」
「そうだよ」
「抜け目がねぇな」
「当たり前だろ」
と、少し嬉しそうな顔を見せてくれた。
「じゃ、出発するか」
「うん!」
そして、私たちは目のあたりにするのだ。
浦島太郎、の裏側と。
切なすぎる話の結末を。